●思いがけない音楽世界:『アンデスの黒いキリスト』

音楽を聴く楽しみ方の一つとして、自分の好きなミュージシャンを媒介にして、それまで
に聴いたことのないミュージシャンの作品を聴いてみるという聴き方がある。自分にとっ
ては、あまり興味のないミュージシャンの作品であっても、自分の好きなミュージシャン
が参加していれば聴いてみようという気持ちもおきるものだ。その結果として、それまで
聴いたことのないミュージシャンの作品が、これまでにまったく味わったことのないよう
な音楽世界を与えてくれたならば、音楽を聴く楽しみは喜びや感動に変わるのである。ピ
アニストで作曲家でもあるメアリー・ルー・ウィリアムスの作品で、ぼくのフェヴァリッ
ト・ギタリストのグラント・グリーンが参加している『ブラック・クライスト・オブ・ジ
・アンデス(邦題:アンデスの黒いキリスト)』は、ぼくにとってまさにそのような作品
であった。

メアリー・ルー・ウィリアムスとはどのような人かというと、スィング時代から活躍した
黒人女性のピアニストであり作曲家である。ぼくが彼女の演奏を初めて聴いたレコードは
、ベニー・グッドマンの『ライヴ・アット・カーネギー・ホール』という1978年のライヴ
盤だ。このライヴでウィリアムスはグッドマン楽団の代表作《ロール・エム》の作者とし
てゲスト出演し、ディキシー・ナンバーの《ザッツ・ア・プレンティ》、スィング・ナン
バーの《キング・ポーター・ストンプ》、ビ・バッパーも好んで取り上げた《ハウ・ハイ
・ザ・ムーン》、そしてグッドマン楽団の十八番《シング、シング、シング〜クリストフ
ァー・コロンブス》などの様々なタイプの曲で見事なピアノを聴かせている。またほぼ同
時期(1977年)にセシル・テイラー(前衛的な演奏で有名なピアニスト)と共演コンサー
トを開き、「このおばさんピアニストはなんなんだ」と思ったことを憶えている。

そんなこんなでウィリアムスのことは頭に残っていたが、追いかけることはなかった。当
時はジャズを聴きはじめたばかりで、他に追いかけたいミュージシャンがたくさんいたか
らだ。『ブラック・クライスト・オブ・ジ・アンデス』も、グリーンの参加がなければ聴
くこともなかったと思う。しかしアルバムのタイトル・トラックの1曲目の崇高な讃歌か
ら、一気にウィリアムスの世界にひきこまれた。アカペラ・コーラスとウィリアムスのピ
アノのみによる演奏だが、スピリチュアルとポップスを融合したようなアカペラが見事で
あり、ソプラノが下降するところや、ピアノが入ってくるところなどは独創的でスリリン
グである。タイトルの”アンデスの黒いキリスト”とは、16世紀から17世紀にペルーのリ
マに実在した聖人マルティン・デ・ポレスという人のことらしい。絵画や彫像などをみる
と、ポレスは肌が黒かったようだ。人種差別と戦いながら、奉仕活動を続けたらしい。

しかしながらこのアルバムは、宗教臭いアルバムというわけではない。聖歌隊を思わせる
アカペラ・コーラスとピアノの組み合わせは1曲目と3曲目のみだが、コーラスのアレン
ジがスタンダード・ナンバーを素材したアカペラを得意とするシンガーズ・アンリミテッ
ドのようにモダンなものなので宗教臭さをあまり感じない。他には、興味の的のグラント
・グリーンが参加した《アニマ・クリスティ》と《プレイズ・ザ・ロード》に宗教との関
連が感じられる(これらの曲は全て、ウィリアムスと交流のあったアンソニー・ウッズ神
父との共作)くらいで、他の曲には殆ど宗教臭さはない。グリーン参加の2曲は双方の曲
とも、リズムが強調されたゴスペル・ソウルである(グリーンのギターは、第二説教師の
役割だそうだ)。リズム(とくにベース)の強調に、通常のジャズ演奏には殆ど使用され
ないバス・クラリネット(演奏はバッド・ジョンソン)を使っているところも面白い。

他の曲は、アブストラクトなピアノ・ソロ《ア・ファンガス・アムンガス》を除いて、全
てピアノ・トリオ(ピアノ、ベース、ドラムス)編成で録音されている。ジャズ・ピアニ
ストとしてのウィリアムスを聴くなら、6曲目の《ア・グランド・ナイト・フォー・スィ
ンギング》か。タイトル・トラックの次に、ガーシュインのオペラ「ポーギーとベス」で
麻薬密売人のスポーティン・ライフが歌うナンバー《イット・エイント・ネセサリリー・
ソー》(聖書のエピソードをあげ、なんでもそうとは限らないと歌うナンバー)を持って
きているところなどには、ウィリアムスの知性とユーモアを感じる。きっとウィリアムス
は、ジョニ・ミッチェルのように知性と芸術性を兼ね備えた人なのだろう。グリーン目当
てで聴いた『ブラック・クライスト・オブ・ジ・アンデス』だが、結果的にウィリアムス
の音楽世界にすっかり魅了されてしまった。一聴の価値がある、アルバムである。

『 Black Christ Of The Andes 』( Mary Lou Williams )
cover



1.St.Martin De Porres, 2.It Ain't Necessarily So, 3.The Devil,
4.Miss D.D., 5.Anima Christi,
6.A Grand Night For Swingers, 7.My Blue Heaven, 8.Dirge Blues,
9.A Fungus A Mungus, 10.Praise The Lord

Mary Lou Willams(p), Howard Roberts(cond) and The Choral Group (cho on 1 & 3),
Ben Tucker(b on 2), Percy Brice(ds on 2,5 & 10),
Teodore Crommwell(b on 4), George Chamble(ds on 4),
Budd Johnson(b-cl,ts on 5 & 10), Grant Green (g on 5 & 10),
Larry Gales(b on 5 & 10), Melba Liston(arr,cond on 5 & 10),
Jimmy Mitchell(vo on 5 & 10), George Gordon Singers(cho on 5 & 10)
Percy Heath(b on 6,7 & 8), Tim Kennedy(ds on 6,7 & 8)

Recorded : Oct 8, 1963 & Nov 19, 1963
Label     : SABA/MSP
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