●僕の聴かず嫌い・『スローハンド』(エリック・クラプトン)

前回、エリック・クラプトンについて書いた。要約すると、日本におけるクラプトン人気
というのは、クラプトンの見た目や、”レイラ”などにまつわる伝説などによって形成さ
れていったのではないか、クラプトンの音楽は過剰に評価されているのではないだろうか
、といった主旨の話である。「クラプトンのギター・プレイなんて巷で言われるほどピン
とこない」とも書いた。これは、クラプトンが他のミュージシャンと共演しているビデオ
やCDなどで容易に確認することができる。上手いことは上手いのだが、ピンとこないの
だ。来日公演も、ジョージ・ハリスンのバック・バンドとして来たときも含めて、おそら
く海外ミュージシャンの中ではもっとも多く観ている人だが、ピンときたことはない。黒
人ブルース・ギタリストだったロバート・クレイを前座に従えて来日したときなど、「な
んて汚い音のギター・ソロなんだ」と思ったら、クラプトンだったという始末だ。

そんな体験もあり、ギターの音色やフレーズのニュアンスといった点で、クラプトンが自
分の好みではないのだろうと思っていた。しかし、いつの頃からか、そーではないのでは
ないかと思い始めた。クラプトンは上手いことは上手いのだが、よく考えてみると、クラ
プトンのギターを”凄い”とか”感動した”と思って聴いたことはない。つまり、”ギタ
ーの神様”といった先入観と伝説のフィルターをとおしてしかクラプトンを聴いてこなか
ったのではないかと思ったのである。はじめてそのことに気がついたのは、確かボブ・デ
ィランの40周年記念コンサートだった。ディラン、ジョージ・ハリスン、ニール・ヤング
、ロン・ウッドといった並み居るロック・スター達の後ろに隠れるようにして、自身でも
カヴァーしたことのある《天国への扉》のリード・ギターを弾いているクラプトンを観て
、「クラプトンのギターとはなんなのだろう」と思ったのである。

ロックにおけるリード・ギターの存在とは、もっと”スゲー”とか”タマンネー”と思わ
せてくれるものではないのだろうか。クラプトンのギターには、残念ながらそれがない。
みんな本当に凄いと思っているのだろうか。しかし、イイと感じるクラプトンの音楽も確
かにある。そのとき、はたと気がついた。ぼくがイイと思っていたのは、クラプトンのギ
ターそのものではなく、クラプトンの音楽そのものだったと。クラプトンが、そのアルバ
ムの演奏メンバーの一人として音楽に没頭して楽しんでいるようなとき、さらに言えば、
そこにクラプトンを触発するようなメンバーが一人でも参加している場合がイイのだ。”
ギターの神様”がリラックスして”忘我の境地”で弾いているか、他人に触発されて本気
になっているときがイイのである。デュアン・オールマンを迎えたデレク&ザ・ドミノス
の『レイラ』が傑作になったのは、その両方の条件を満たしているからなのだ。

そんなことをつらつらと考えていたら、クラプトン・ファンの友人から早速物言いがつい
た。彼曰く、「70年代後半のからのクラプトンだっていいよー」。「うーん、そーかなー
、いい曲も確かにあるけどね。」と僕。「ちゃんと聴いてみなよー」と彼。そー言われて
思った。確かに僕は『スローハンド』以降のクラプトンをきちんと聴いていない。友人に
借りたりして1回か2回聞いたきりだ。70年代後半からはクロスオーヴァー、ジャズ路線
に突っ走ってしまったせいで、『スローハンド』以降はよく聴いていなかったのである。
そこで今回、きちんと聴いてみようと思ったのだ。そんでもって聴きました。結論からい
うと、やはりこれだったら『レイラ』や『安息の地を求めて』のほうがイイなということ
である。『安息の地を求めて』と同一のメンバーのアルバムなのに、ヒット曲や代表曲も
入っているのに、『スローハンド』は残念ながら部分部分しか響いてこない。

例えばクラプトンの代表作《コカイン》は、クリームの《サンシャイン・オブ・ユア・ラ
ヴ》の焼き直しにしか聴こえない。全米で大ヒットしたカントリー調の《レイ・ダウン・
サリー》も、どこがいいのかよくわからない。このような曲調(カントリー・チャートで
もヒットした)の曲が好まれるというところに、アメリカとの文化の違いを強く感じる。
しかし、イイ曲も含まれている。当時のクラプトン夫人で、元ジョージ・ハリスンの奥さ
んのパティに捧げた《ワンダフル・トゥナイト》だ。この曲のギターこそ、クラプトンだ
と思う。はっきりいえば、《ワンダフル・トゥナイト》のギターに、アルバムの他の曲の
ギター・ソロ全てが負けている。唯一の例外が、アナログB面1曲目でゲストにサックス
のメル・コリンズを迎えた9分近い《ザ・コア》だ。メルのサックスに挑発された、本気
モードのクラプトンが聴ける。『スローハンド』は、この2曲さえ聴けばよいと思う。

『 Slowhand 』( Eric Clapton )
cover



1.Cocaine, 2.Wonderful Tonight, 3.Lay Down Sally,
4.Next Time You See Her, 5.We're All the Way,
6.The Core, 7.May You Never, 8.Mean Old Frisco, 9.Peaches and Diesel

Eric Clapton(vo,g,elg), 
George Terry(g,elg), Jamie Oldaker(ds,per),Dick Sims(org,p,elp), 
Carl Radle(elb), Yvonne Elliman(vo,cho), Marcy Levy(vo,cho)
Mel Collins(sax on 6)

Recorded : 1977 At Olympic Studios, London
Producer  : Glyn Johns
Label     : RSO
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