●初期YMO周辺の音楽:矢野顕子

細野晴臣のボックス・セット『ハリー細野 クラウン・イヤーズ』のことを前回は取り上
げてみた。その中の中華街ライヴに収録された《ファイアクラッカー》を聴いて、初期Y
MOおよびその周辺にあった音楽も聴きなおしてみたくなった。YMOが結成されたのは
1978年。その頃のリアルタイムに感じた印象としては、YMOのファースト・アルバム『
イエロー・マジック・オーケストラ』は一般的には全く注目されていなかったと思う。ぼ
くもリアルタイムでは購入しなかった。購入したのはYMO人気が爆発してからで、セカ
ンド・アルバムの『ソリッド・ステート・サヴァイヴァー』を先に購入したくらいだ。周
囲でも、リアルタイムで買ったやつはいなかった。要するに、当時の細野晴臣の仕事とい
うのは、一般的にはそれくらい注目されていなかったわけだ。当時はまだニュー・ミュー
ジックと歌謡曲の時代であり、クロスオーヴァーからフュージョンへの時代でもあった。

それでは当時のぼくが何を聴いていたのかというと、クロスオーヴァーからフュージョン
をつきぬけ、ジャズばっかり聴いていた。マイルスとコルトレーンの日々だった。それ以
外にも、いわゆるジャズの名盤を買いまくっていた。同時にアース・ウィンド&ファイア
ーなんかも聴いていた。アース・ウィンド&ファイアーなんかも、クロスオーヴァーと呼
ばれていた時代だった。ようするに、ジャズ、クロスオーヴァー関係の音楽なら、なんで
も聴いていたわけだ。乱読ならぬ、乱聴である。そんな折、FMで放送されたライヴ・ハ
ウスからの中継をエア・チェックしたテープを友人が聴かせてくれた。「渡辺香津美が面
白いセッションをやってるから聴いてみなよ」とテープを渡された。新進のフュージョン
・ギタリストの渡辺香津美の名前はもちろん知っていた。しかしそのセッションで香津美
がプレイしていたのは、フュージョンではなくロックだった。

セッションで香津美がプレイしていたのは、ブライアン・フェリーの《トーキョー・ジョ
ー》だった。そして更に驚くべきことに、香津美がセッションしているバンドには、矢野
顕子が参加していた。確かエア・チェックしたライヴのラストは、矢野顕子のヴォーカル
をフィーチャーした《ウォーク・オブ・ザ・ウェイ・オブ・ライフ》という曲だった。こ
のあたりの記憶は定かではないところがあるのだが、この曲を聴いたのは、この時のエア
・チェックによるライヴが最初だったという記憶がある。その後、矢野顕子のライヴ盤が
発売された。矢野顕子のファンでそれまでのアルバムを全て買いそろえていたぼくは、当
然のことながらレコード店に行ってすぐさまそのニュー・アルバムを買った。その中には
、香津美とのセッションで取り上げられていた《ウォーク・オブ・ザ・ウェイ・オブ・ラ
イフ》が収録されていた。日本の音楽界に面白いことがおきつつある予感がした。

《ウォーク・オブ・ザ・ウェイ・オブ・ライフ》が収録された矢野顕子のライヴ・アルバ
ム『東京は夜の7時』は、いまから考えるとありえないような豪華なメンバーのアルバム
である。ティン・パン・アレー人脈からパーカッションの浜口茂十也とギターの松原正樹
、コーラスはなんと山下達郎と吉田美奈子、そしてキーボード、ベース、ドラムスのリズ
ム・セクションは(結成前ではなく)結成直後のYMOだったのである。ぼくがYMOの
メンバー全員が揃った演奏を聴いたのは、矢野顕子のアルバムが最初だったのだ。セッシ
ョン・ピアニストとしても活躍していた矢野顕子は中華街ライヴにもピアニストとして参
加しているが、この当時は上記のメンバーの中で一番注目度は高く、かつ売れていた。こ
のアルバムが面白いのは、YMOのメンバーが全員参加しているとはいえ、矢野顕子がY
MOをアゴで使って自身の音楽をやっている点だ。

最も素場らしいのは、タイトル曲の《東京は夜の7時》である。この曲の歌詞ような世界
観を歌で表現するとなると、矢野顕子の右に出るものはいない。しかしこのアルバムの音
楽は、先述したように、エア・チェックしたセッションの音楽と矢野顕子の世界が接近遭
遇していることを示していた。その最たる曲が《ウォーク・オブ・ザ・ウェイ・オブ・ラ
イフ》であることは繰り返すまでもない。松原正樹、細野、坂本、矢野、浜口茂十也&高
橋と回されるソロは、YMOしかしらないYMOファンには珍しいものだろう。とくに坂
本のシンセサイザーによる素場らしいソロは圧巻だ。ぼくはこのアルバムで坂本龍一とい
うミュージシャンを強く意識したのである。渡辺香津美、矢野顕子、そして坂本龍一。こ
の人達の音楽に注目していくと、面白いものが聴けそうな予感がますます濃厚になった。
そしてそれは、1979年4月以降に続々と現実になっていったのである(不定期に続く)。

『東京は夜の7時』( 矢野顕子 )
cover

1.ゴッズ・ロイヤル・ラヴ〜東京は夜の7時,
2.ウォーター・ウェイズ・フロウ・バックワード・アゲイン, 3.サッちゃん, 4.行け柳田,
5.気球にのって, 6.いもむしごろごろ, 7.カタルンカララン, 8.ト・キ・メ・キ,
9.ウォーク・オン・ザ・ウェイ・オブ・ライフ  

Akiko Yano(vo,p,key), 
Ryuichi Sakamoto(syn,elp,per), Haruomi Hosono(elb), Yukihiro Takahashi(ds,syn-ds),
Masaki Matsubara(elg), Motoya Hamaguchi(per), 
Tatsuro Yamashita & Minako Yoshida(cho)

Produced  : Akko
Recorded  : Sep 26,1978
Released  : April 25, 1979
Label     : Philips

※上記のイメージをクリックすると、Amazonにて購入できます