●細野晴臣と中華街ライヴ

ちょっと前の話になるが、細野晴臣のクラウン・レコード時代のアルバムがボックス・セ
ットとして発売された。最近、これにハマっている。ボックスに含まれているのは、細野
のクラウン時代の2枚のソロ・アルバム『トロピカル・ダンディ』と『泰安洋行』だ。そ
れだけではない。同時期に横浜の中華街で行ったライヴが、『ハリー・細野&ティン・パ
ン・アレイ・イン・チャイナ・タウン』として完全収録で初アルバム化された。まだまだ
足りないのではと、同時期の映像(中華街ライヴの映像を含む)のDVDがボーナス収録
されている。細野が、大滝詠一や松本隆と組んでいたバンド「はっぴいえんど」の解散後
に作った初のソロ・アルバム『HOSONO・HOUSE』は、武蔵野の香り漂うホーム
・メイドな柔らかい音楽であった。しかしボックスに収録されたクラウン時代の音楽は、
エキゾチックな香りがたっぷりの、モダンで不思議な音楽なのである。

ぼくは年齢的に「はっぴいえんど」世代ではない。細野のこれらの音楽を、アルバムとし
てきちんと聴いたのも後になってからである。60年代の前半に生まれたぼくと同世代の人
にとっての細野晴臣は、おそらく「はっぴいえんど」の細野晴臣ではなく「キャラメル・
ママ」の細野晴臣であろう。YMOで細野を知った人も多いはずだ。ぼくの場合、中学生
で組んでいたバンドでエレクトリック・ベースの担当だったので、当時ミュージック・ラ
イフという音楽雑誌の人気投票で日本人ベース・プレイヤーの常に1位だった細野晴臣の
名前は知っていた。とはいえ当時集中して聴いていたのは、スタンリー・クラークなどの
クロスオーヴァー系の”海の向こうの”ベーシストだったので、細野晴臣の音楽までは興
味がなかったのだ。ぼくにとって当時の細野晴臣は、ユーミンや矢野顕子のバック・ミュ
ージシャンでしかなかった(じつは坂本龍一も同じような感覚だったらしい)。

それでも矢野顕子(ファンだった)が、《絹街道》、《ほうろう》、《相合傘》といった
細野作品をレパートリーにしていたので、自然と細野の作品には親しんではいた。その頃
、確か東京12chで観た横浜中華街のライヴ映像(記憶は定かではないが、ボックス・セッ
トに収録されている《北京ダック》だったと思う)を偶然に観た。その音楽にはものすご
く衝撃を受けた。いろいろなものがごっちゃになった、それでいてファンキーな、ぼくが
それまで聴いたことのないサウンドの音楽がそこにあった。モダンな音楽というものがあ
るとすれば、このような音楽が該当するのだろうと思った。当時の雑誌のインタビュー記
事で、矢野顕子が「どのような音楽を聴いているのですか」という質問に対してフランク
・ザッパなど海外のミュージシャンをあげた後に、「やっぱり細野さんは聴いちゃうねー
」と答えており、中華街のライヴ映像を観てその意味がわかった気がしたものだ。

このボックス・セットには、その中華街ライヴが全曲収録されている。演奏曲の殆どは、
『トロピカル・ダンディ』(A面は全て演奏されている)と『泰安洋行』からなので、ボ
ックスを買うとスタジオ録音との比較も楽しめる。とにかく当時の細野が嗜好していた東
洋、カリブ、ニュー・オーリンズなどの音楽と、R&Bが”ごった煮”にされたサウンド
は強烈で、中学生当時に映像を観て感じたモダンな感覚を再体験することができた。ラヴ
ェルのボレロにのせたメンバー紹介からそのまま名曲《ハリケーン・ドロシー》に突入す
る瞬間なんて”種明かし”を観るようでゾクゾクするし、ブラス陣を迎えての《ブラック
・ピーナッツ》以降のバンドのグルーヴ感は、いくら細野が「食事、食べてますか?音楽
は添え物ですから」とMCで言っても、その場にいたら食事なんてとてもできなかったで
あろう。

演奏面で見事なのはやはり《北京ダック》で、「こういうのが音楽なんだよなぁー」とい
う感を深く持ってしまう。またYMOのファースト・アルバムでコンピュータ・ゲームと
一緒にメドレーで収録されていたマーティン・デニーの《ファイア・クラッカー》が演奏
されており(演奏メンバーには、坂本龍一と、YMOのライヴ・メンバーだった矢野顕子
を含む)、この演奏も見事な出来だ。細野は中華街ライヴではベースを弾かず終始マリン
バ(おそらくエキゾシズムを出すための要の楽器としての選択であろう)を演奏している
が、《ファイア・クラッカー》では見事な演奏とアンサンブルを聴かせる。YMOの細野
しか知らない人にとっても、非常に興味深い音源であろう。初期のYMOは、ある意味で
”売れなかった”クラウン時代の反動ではあるのだろうが、音楽的には着実な改善の流れ
になっているところが面白い。今回のボックス化で、よりそれが鮮明になった気がする。

『ハリー細野 クラウン・イヤーズ』( 細野晴臣 )
cover

『トロピカル・ダンディ』
1.チャタヌガ・チュー・チュー, 2.ハリケーン・ドロシー, 3.絹街道, 4.熱帯夜, 
5.北京ダック, 6.漂流記, 7.ハニー・ムーン, 8.三時の子守唄, 
9.三時の子守唄~instrumental, 10.a漂流記~instrumental b S.E,
+ bonus track
11.チュー・チュー・ガタゴト‘75 (from キャラメル ママ <1975>),
12.イエロー・マジック・カーニバル (from キャラメル ママ <1975>),
13.薔薇と野獣 (from TIN PAN ALLEY2 <1977>), 
14.アヤのバラード (from キャラメル ママ <1975>),
15.“宵待草”のテーマPart1~漂流記 (サウンド・トラック <1975>),
16.“宵待草”のテーマPart2~漂流記 (サウンド・トラック <1975>),

『泰安洋行』
1.蝶々さん, 2.香港ブルース, 3.“サヨナラ”ザ・ジャパニーズ・フェアウェル・ソング,
4.ルーチュー・ガンボ, 5.泰安洋行, 6.東京シャイネス・ボーイ,
7.ブラック・ピーナッツ, 8.チャウチャウ・ドック, 9.ポンポン蒸気, 
10.エクゾティカ・ララバイ,
+ bonus track
11.北京ダック~Single Version(1976), 12.Harry’s talking in Radio(1976),

『ハリー・細野&ティン・パン・アレイ・イン・チャイナ・タウン』
1.つめたく冷して, 2.香港ブルース, 3.絹街道, 4.チャタヌガ・チュー・チュー,
5.ボレロ(メンバー紹介), 6.ハリケーン・ドロシー, 7.ブラック・ピーナッツ,
8.トーク・トゥ・ミー, 9.北京ダック, 10.蝶々さん, 11.アヤのバラード,
12.熱帯夜, 13.ファイアークラッカー,
14.“サヨナラ”ザ・ジャパニーズ・フェアウェル・ソング,


1.ハリー”ザ・ライオン”ホソノ, 
2.北京ダック(中華街ライヴ / ハリー細野),
3.香港ブルース(中華街ライヴ / ハリー細野),
4.蝶々さん (中華街ライヴ / ハリー細野),
5.砂の女(リハーサル風景 / 鈴木茂),
6.ソバカスのある少女(リハーサル風景 / 鈴木茂),
7.ソバカスのある少女 (パラダイス・ツアー / 鈴木茂),
8.「泰安洋行」プロモーショナル・フィルム,
9.“サヨナラ”ザ・ジャパニーズ・フェアウェル・ソング (パラダイス・ツアー / ハリー細野),
+ bonus track
10.ハリケーン・ドロシー, 11.メリー・ゴー・ラウンド


Recorded   : 1974-1977
Label      : Crown

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