●ジャズの「ふざけんな!」とミンガス・ジャズ

ジャズという音楽は、けっして嫌いではない。ジャズのなかには、音楽好きならば死ぬま
でに聴いておくべきだと確信する音楽が、確実に存在している。しかし、ジャズを聴いて
いると、ときどき「ふざけんな!」と思うことがあるのだ。この「ふざけんな!」の確率
は、他のジャンルの音楽と比較すると間違いなくジャズが一番多い。体験的に言わせても
らうと、次のような場面である。80年代に日本で開催された、海外の超大物のジャズ・ミ
ュージシャンがズラリと並んだコンサート。コンサートの最後は、超大物が勢揃いしての
ジャム・セッション(よーするに、みなで一緒に演奏すること)。ジャム・セッションで
は、お馴染みの曲のテーマ・メロディに続いて、つまらないソロをダラダラと垂れ流すベ
テランのサックス奏者。そして、それを良しとして後ろで笑顔を交わしあっている他の奏
者達。このときは、「オメーラ、ニッポンをナメとんのかー」と言いたくなった。

また、次のような場面にも出くわした。場所は六本木の一流ジャズ・クラブ。その日のメ
インは、それまで割と好意をもって聴いていた女性歌手。女性歌手は、入店してきたと同
時に、そそくさと伴奏のハウス・バンド(ピアノ・トリオ)に譜面を渡している。どうや
ら初めてやる曲のようだ。「まあプロなんだから、初見の譜面でもそれなりの演奏をする
んだろう」と思ったのもつかの間、歌手のステージが始まったら、ピアノ奏者とベース奏
者は譜面を見るのに一生懸命。しかもミス・トーンを連発しているではないか。このとき
は「オイオイ、練習見に来たんじゃネーゾ」と心の中で叫び、最初のステージが終わった
と同時に席を立ったのであった。以上、ぼくが体験的に出会ったジャズの「ふざけんな!
」を二つほどあげてみたが、おおよそジャズ・ファンを自認する人であれば、多かれ少な
かれ同じ様な思いをしたことがあるのではないだろうか。

ジャズという音楽は、上記の二つのケースのような演奏でもそれなりに許されてしまう”
甘さ”が存在している。その”甘さ”は、実はジャズという音楽をスリリングな音楽にす
る一番の要素といっても過言ではない即興演奏と表裏一体のものである。即興演奏という
美名のもとであれば、良いのか悪いのか判別し難い演奏でも許されてしまい、場合によっ
ては高い評価を受けることさえあるのだ。同じコード進行にのせて、複数の奏者が即興演
奏を繰りひろげるジャム・セッションや、譜面のコード進行に合わせて自由に伴奏をつけ
ていくようなケースでは、プロでも簡単に”甘さ”の誘惑に負けてしまう。そして現場レ
ベルでは”甘さ”に負けていた演奏でも、その場で見ていない人が演奏だけを聴いて、ベ
テラン・サックス奏者や有名女性歌手というだけで、過剰に評価されてしまう場合がある
のである。

ジャズ・ミュージシャンの中には、ジャズが持つ”甘さ”に早くから気がついていた人も
いた。チャールズ・ミンガスという人だ。ミンガスはベース奏者であるが、彼の初期の作
品を聴くと、作曲したメロディ含めた頭の中にある作品を、いかに完璧に近いかたちでバ
ンドに表現させるかということに一番頭を使っていたように思われる。ミンガスにとって
、譜面をたよりに適当にジャズっぽくコードを付けるだけのピアニストや、作品の意図に
全くそぐわないダラダラと長いだけのソロを取るサックス奏者などは、問題外なのだ。ミ
ンガスは、自分の頭の中にある作品に少しでも近づくための工夫として、作品のフレーム
ワークを自らピアノを弾いて演奏メンバーに理解させて、メンバーのスタイルを損なうこ
となく自らの頭の中にある作品に近づけるための修正を加えて、作品を完成させていった
と言われる。その姿勢と方法は、若き日のブライアン・ウィルソンを想起させる。

そのような手法で作られたミンガス・ジャズであるが、決して頭でっかちになっていない
のは、ミンガスがメンバーの個性を押さえ込まずに作品の中で活かして音楽を作っていっ
たからであろう。ミンガス・ジャズは、ぼくが「ふざけんな!」と思った”ジャズもどき
の音楽”とは対極にある。初期の代表作『直立猿人』を聴いてみよう。”ジャズもどきの
音楽”とは全く異なる、真の音楽を聴くことができるはずだ。50年以上前の音楽にもかか
わらず、躍動感と生々しさはなんなのだろう。それを見事にとらえきったトム・ダウド(
レイ・チャールズの《ホワット・アイ・セイ》やエリック・クラプトンの《レイラ》で有
名な、アトランティックのエンジニア/プロデューサー)の手腕も凄い。1956年という時
代に《直立猿人》の姿を通してミンガスが表現しようとしたことに思いをめぐらせるたび
に、「本物のジャズはやはり凄いなぁ」とただただ思うのである。

『PITHECANTHROPUS ERECTUS』( Charles Mingus )
cover

1. Pithcanthropus Erectus, 2. Foggy Day
3. Profile Of Jackie, 4. Love Chant


Charles Mingus(b), Jackie McLean(as), J.R.Monterose(ts)
Mal Waldron(p), Willie Jones(ds)

Supervision : Nesuhi Ertegun
Recorded    : Jan 30, 1956
Label       : Atlantic
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