●語られていない魅力が満載の『ナイト・パッセージ』

70年代後半のジャズというと、一部のメイン・ストリーマーやロフト系ジャズへの注目こ
そあったといえ、なんといってもクロスオーヴァー、ソフト&メロウ、フュージョンの時
代だった。70年代初頭から頑張ってきた、チック・コリア、ジョン・マクラフリン、スタ
ンリー・クラーク、ラリー・コリエル、そして”ジャズ”を冠から外したクルセイダーズ
を筆頭に、ラリー・カールトン、デヴィッド・サンボーン、ブレッカー・ブラザーズ、ス
パイロ・ジャイラなど、次から次へと人気ミュージシャンや人気バンドが出てきた。日本
のフュージョンも人気が定着していった時期で、ナベサダ、ヒノテルの大御所に続けとば
かりに、渡辺香津美、ネイティヴ・サン、プレイヤーズ、スクエア、パラシュート、カシ
オペア、マライヤなど実力派グループが次から次へと出てきた。そして、そこいらのお姐
ちゃんでさえ、フュージョンを聞いているという時代になったのであった。

当時はそれらの音楽と一括りにされていたが、いま聴くと確実に一歩先んじようとしてい
た音楽を創っていたグループが一つだけある。ウェザー・リポートだ。本音を言えば、当
時はそのことはよくわからなかった。ウェザー・リポートは、自らのヒット曲を集めたベ
スト盤的性格をもつアルバム『8:30』で、それまでの活動を総括した感があった。そ
れは、ぼくにも理解できた。人気曲の《ブラック・マーケット》で始まる『8:30』は
ウェザー・リポートを初めて聴く人でも楽しめるアルバムであり、普段はロックしか聴か
ない友人にも買ったヤツがいたほどだ。『8:30』はアナログ盤2枚組で、最終面には
当時”80年代のジャズを占う”といわれたスタジオ録音が入っていた。スタジオ録音のう
ち、最後の曲は当時のフュージョン・ブームに背を向けるような4ビートの曲であった。
それは、無意識に期待しているウェザー・リポートの音楽とはあまりにも違っていた。

しかし驚くべきことにその後のウェザー・リポートは、その4ビートの曲《サイト・シー
イング》が示した方向に進んだのだ。フュージョンが全盛期を迎えようとしていたまさに
その時期、ウェザー・リポートは《ブラック・マーケット》や《バードランド》のような
人気曲の方向にはいかず、あっと驚く方向に進んだのである。その後、ザビヌルのことを
知れば知るほど、売れセン方向に進むタイプのミュージシャンではないことはわかったが
、当時は驚きだった。1980年6月に行われた彼らの日本公演を観た人は、一様にあっけに
とられたのではないか。コンサートといえば普通は人気曲のオン・パレードになるのが一
般的だが、ウェザー・リポートはさきの《サイト・シーイング》を含んだ2,3の曲以外
の全ての曲を、当時未発表の新曲で構成したのだ。マスコミのコンサート評も、良かった
のか悪かったのかが不明確なものが多かったように思う。

そして満を持して発売されたアルバムが、『ナイト・パッセージ』だ。このアルバムは、
日本公演で演奏された新曲、および日本公演でもレパートリーに加えられていたデューク
・エリントンの《ロッキン・イン・リズム》(ウェザー・リポートが、メンバー作曲以外
の曲をレパートリーにすることはまれである)で構成されていた。更におどろくべきこと
に、このアルバムはスタジオ・ライヴ(最後の《マダカスカル》のみ、大阪でのライヴ)
であり、いくつかの曲は前作の《サイト・シーイング》同様4ビートを基調としていた。
『ナイト・パッセージ』のウェザー・リポートの音楽は、当時も今も、簡単にはぼくを寄
せ付けない。非常に美しく、高度で、グルーヴィな音楽である。アルバムを聴くたびに、
”容易に歌うことのできない”ザビヌルの創るメロディーにあっけにとられる。しかし、
そのメロディは、ぼくの心を惹きつけてやまないなにかを確実に持っているのだ。

4ビートの曲が多いことでもわかるように、『ナイト・パッセージ』は確実にジャズを意
識したものであろう。売れセン狙いの安易なフュージョンに対する、本物としての回答の
意味もあったのかもしれない。ザビヌルは、ビ・バップ時代の演奏仲間から裏切り者扱い
(ザビヌルは1950年代からニューヨークで活躍してきた)されていたというが、このアル
バムの音楽は、安易なフュージョンとは一線を画すものだという昔の仲間に対する表明だ
ったのかもしれない。真相がどうであれ、音楽は当時も今も、紛れもなく最高峰のジャズ
であり、ある意味ジャズさえ超えている。エリントン、ショーター、ジャコの曲(傑作!
)を含め、アルバムに収録された全曲が必聴だ。まるでソリストとしてショーターとジャ
コを配置した、ザビヌルによるオーケストラの組曲の初演のようなアルバムである。まだ
まだ語られていない多くの何かが隠されている、ミステリアスな魅力いっぱいの音楽だ。

『 Night Passage 』( Weather Report )
cover

1.Night Passage, 2.Dream Clock, 3.Port of Entry, 4.Forlorn,
5.Rockin' in Rhythm, 6.Fast City, 7.Three Views of a Secret, 8.Madagascar,

Josef Zawinul(syn,p,elp), Wayne Shorter(ts,ss)
Jaco Pastorius(elb), Peter Erskine(ds), Robert Thomas,Jr(hand-ds,per)

Produced : Zawinul Co Produced by Jaco Pastorius
Recorded : July, 1980 & June 29,1980 Osaka
Released : Oct, 1980
Label    : Columbia
※上記のイメージをクリックすると、Amazonにて購入できます