●クロスオーヴァーの未来をかすめた曲

クロスオーバーと呼ばれた音楽が日本で盛り上がっていったのは、記憶だと1976年ごろだ
ったと思う。クロスオーバーという言葉はいまでこそジャズ・フュージョン系の音楽のイ
メージだが、当時の感覚でいうとソウル・ファンク系(スティーヴィー・ワンダー、アー
ス・ウィンド&ファイアーなど)やロック系(ジェフ・ベックなど)のミュージシャン達
のやっていた音楽も当てはまり、それで違和感はなかった。日本で一般的にブレイクした
のはソウル・ファンク系のクロスオーバーで、『ブリージン』で大ヒットを飛ばしたジョ
ージ・ベンソンをはじめ、ソウル系のスタジオ・ミュージシャンが集まっていたスタッフ
や、西海岸のスタジオ・ミュージシャンが中心となったリー・リトナーとジェントル・ソ
ウツが人気を集めていた。しかしぼくの中のクロスオーバーという音楽は、ソウル系のメ
ローな音楽ではない。もっとロック色が濃くないとダメなのだ。

当時のぼくのクロスオーバーな気分にもっともフィットしていたのが、チック・コリア一
派のやっていた音楽だ。コリア、スタンリー・クラーク、アル・ディメオラ、レニー・ホ
ワイトからなる、リターン・トゥ・フォーエヴァーのメンバーがやっていた音楽である。
レニー・ホワイトはあまり聴かなかったが、他の三人の音楽は繰り返し聴いた。いま聴く
と少々仰々しい部分もあるが、当時のコリア、クラーク、ディメオラのやっていた音楽の
”一部”はいずれもハード・ロックのようなスピード感があり、聴いていると爽快だった
のだ。ぼくにとってクロスオーバーといえばこの時期のリターン・トゥ・フォーエヴァー
とそのメンバー周辺の音楽であり、リターン・トゥ・フォーエヴァーといえば”カモメの
アルバム”ではなくこの時期のロック色の濃いリターン・トゥ・フォーエヴァーなのであ
る。

ロック色の濃い時期のリターン・トゥ・フォーエヴァーのアルバムで、もっとも興奮する
のが『ノー・ミステリー』である。ただしアルバムの全曲が良いというわけではない。殆
どの曲は、残念ながら凡庸だ。第一期リターン・トゥ・フォーエヴァーの代表曲《スペイ
ン》を思わせるアルバムのタイトル曲をはじめ、終盤の《インタープレイ》からの流れは
やはり第一期の代表曲《ラ・フィエスタ》を否が応でも思い出してしまう。《インタープ
レイ》のクラシカルな雰囲気や、おそらくピンク・フロイドなどのプログレッシヴ・ロッ
クを意識した大作《セレブレイション組曲》は、バンドの幅広い音楽性をアピールするこ
とが狙いだったのであろう。しかし当時の耳にも現在の耳にも、残念ながら退屈きわまり
ない。コリアもクラークもディメオラも自分のソロ・アルバムで性懲りもなく同じような
ことをやっているので、メンバー全員が望んでいた方向性の音楽ではあるのだろう。

しかしそういった狙いと、音楽の素晴らしさとは別の次元のものである。このアルバムは
、なんといっても2曲目の《ジャングル・ウォーターフォール》。これにつきる。それ以
外の曲では、オープニングを飾る《デイライド》だけが、まあまあというところか。《ラ
・フィエスタ》でも《スペイン》でもなく、リターン・トゥ・フォーエヴァーといえば《
ジャングル・ウォーターフォール》なのだ。「チャーララー」というカッコ良いイントロ
に導かれて入ってくる、ズシンと重たいクラークとホワイトのリズムのカッコよさ。この
リズムで、いてもたってもいられなくなる。そしてサビの部分でコリアがシンセサイザー
で弾く「チャーラーララーラー」というポップなメロディ。これがまたタマラナイ。そし
てエンディングでは、満を持して”これでもか、これでもか”とディメオラがエレクトリ
ック・ギターを弾きまくるのである。

《ジャングル・ウォーターフォール》を聴くと、なぜアルバム全体をこのようなナンバー
で埋めなかったのだろうと思う。この曲のようなロック色の濃いナンバーだけでアルバム
を構成していれば、『ノー・ミステリー』はジャズ・フュージョン系だけではなくポップ
・ロックの世界からみても傑作になり、バンドのより経済的な成功も見込めたかもしれな
いと思うのだ。レニー・ホワイトはともかく、コリアもクラークもディメオラも、そうな
ってもおかしくはない素養は持っていた。多彩な音楽的要素をあえて抑え、ときおりチラ
リ・チラリと小出しにしながらスピード感溢れるロック色の濃い音楽を突き進めていたな
らば、クロスオーバーという音楽は違った次元に到達できたような気がするのである。そ
れを一番感じさせるのがリターン・トゥ・フォーエヴァーとそのメンバーで、《ジャング
ル・ウォーターフォール》はその地点に一番近いとこまでいった曲だと思うのである。

『 No Mystery 』( Chick Corea & Return To Forever )
cover

1.Dayride, 2.Jungle Waterfall, 3.Flight Of The Newborn, 4.Sofistifunk,
5.Excerpt From The First Movement Of Heavy Metal, 6.No Mystery,
7.Interplay, 8.Celebration Suite Pt.1, 9.Celebration Suite Pt.2

Chick Corea(p,elp,org,syn,snare drum,marimba,vo), 
Stanley Clarke(b,elb,org,syn,vo), Al DiMeola(elg,g),
Lenny White(ds,per,conga,marimba)

Produced : Chick Corea
Recorded : January, 1975
Released : 1975
Label    : Polydor
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