ソロ時代のジョン・レノンの音楽との出会いは、1975年頃だったと思う。出会いの年でわ かるとおり、ぼくはリアルタイムでビートルズを聴いた世代ではない。中学生になって、 カーペンターズの音楽を通して突如として洋楽に目覚め、すぐさまビートルズの虜になっ た。というわけで、ビートルズの音楽に興味を持った頃と、ソロ時代のビートルズのメン バーの音楽に親しんだ頃というのは、実はそれほど大差ない。多くの友人達と同様に、ま ずはビートルズのアルバムでビートルズの音楽に親しみ、そしてそれぞれ好きなメンバー のソロアルバムも同時に聴いていたのである。みんなお金がないので、それぞれ違うアル バムを買って、お互いに貸し借りをし合って聴いていた。そんなぼくが最初に買ったソロ 時代のビートルズのメンバーのアルバムが、ジョン・レノンのアルバムだった。生前唯一 のベスト盤、『シェイヴド・フィッシュ』である。 このアルバムは、そのタイトルのとおり、アルバム・ジャケットの裏にレノン・ブランド の”削り節(かつをぶし)”の絵が描かれている面白いベスト盤だ。なぜ最初に買ったの が、ポールでもジョージでもリンゴでもなくジョンのアルバムだったのかはよく思い出せ ない。おそらく、無意識にビートルズ時代のジョンの声に魅了されていたからであろう。 ビートルズでは、ジョンの歌い方が一番カッコよかったのだ。まわりの友人達も同様のよ うで、ジョンのアルバムを買うやつが一番多かった。不思議と『イマジン』を持っている やつはいなかった。友人達が持っていたのは、当時まだラジオで頻繁に流れていた《真夜 中を突っ走れ》が収録されている『心の壁、愛の橋』か、《スタンド・バイ・ミー》の秀 逸なカヴァーが収録されていた『ロックンロール』であった。間違って輸入盤屋で、『ヨ ーコ・オノ/プラスティック・オノ・バンド』を買ってしまったやつもいた。 そんななかで『シェイヴド・フィッシュ』を選ぶところが、自分らしい。まだ中学生だっ たにもかかわらず、とりあえずソロ時代のジョン・レノンの概略を掴んでおこうという研 究者的気質がモロに出ている。しかし当時はまだ引退前でバリバリの現役だったジョンの シングルを集めた『シェイヴド・フィッシュ』を選んだおかげで、ソロになってからの曲 にはビートルズ時代とは違ったジョンの魅力があることにすぐに気がついた。その魅力と は、現在のジョンにとってつけたような”愛と平和”なイメージではない。《マザー》に 代表されるようなシンプルでストレートな歌詞、《#9ドリーム》のような素場らしい曲 、そしてやはり力強いヴォーカルであった。それは、猛烈にロックンロールを感じさせる ものだった。そしてこの3つの魅力を全て兼ね備えていたのが、ジョンの創ったクリスマ ス・ソング《ハッピー・クリスマス(戦争は終わった)》であった。 対訳では間違っていたが、《ハッピー・クリスマス(戦争は終わった)》はジョンとヨー コがお互いの子供に呼びかけるクリスマス・メッセージで始まる。「ハッピー・クリスマ ス、キョウコ」、「ハッピー・クリスマス、ジュリアン」、そしてジョンの歌が始まる。 その素場らしい声で歌われる歌詞は、当時中学生のぼくにとって衝撃だった。とくに2番 の「弱い人も、強い人も、金持ちの人も、貧しい人も、道のりは長いけれど、肌の黒い人 も、白い人も、黄色い人も、赤い人も、もうこのへんで争いはやめよう」という歌詞には 、音楽でメッセージを投げかけることができるんだということと、それまで聴いてきたフ ォーク・ソングのような身の回りのことではなく、地球的な大きな規模で考えることがで きるんだということを教わった気がした。甘ちゃんだと、笑うなら笑うがいい。ジョンは 真摯に歌っているし、そのせいかいまだって曲を聴くたびに感動は押し寄せてくるのだ。 オノ・ヨーコの回顧によると、ジョンは夏にこの曲をさらさらと書き上げたらしい。歌詞 の持っているテンポ感から考えると、おそらく本当のことだろう。ジョンは「《ホワイト ・クリスマス》よりも有名な曲になるかも」と言ったとも言われている。それは、ジョー クだと思う。でも、曲が完成したとき、ジョンは名曲を生み出したことを実感したに違い ない。クリスマス時期を逃したシングル盤は、発売当時は残念ながらヒットしなかった。 しかし《ハッピー・クリスマス(戦争は終わった)》は、誰もが1回聴けば名曲であるこ とを実感できる素場らしいクリスマス・ソングだ。そして、こんなにも”ロックな”クリ スマス・ソングはない。今では、クリスマス時期にこの曲をテレビなどから聴かないこと はなくなった。《ホワイト・クリスマス》よりも有名なクリスマス・ソングになる日も、 そんなに遠い日ではないような気がする。