●セロニアス・モンクの強烈なサウンド

ジャズ・ピアニストのセロニアス・モンクの創った数多くのオリジナル作品は、今日では
多くのミュージシャンやジャズ・ファンに愛されている。おそらくジャズを聴いている人
ならば、例えば、マイルス・デイヴィスの演奏する緊張感漂う《ラウンド・アバウト・ミ
ッドナイト》や、エリック・ドルフィーがアブストラクトに描きなぐった《エピストロフ
ィー》など、お気に入りのモンクの曲や演奏の一つや二つはあるだろう。ぼくにとっての
モンクの最も印象深く強烈な作品は、モンクのグループの演奏による《ブリリアント・コ
ーナーズ》だ。《ブリリアント・コーナーズ》は、モンクの最高傑作といわれる同名アル
バムのタイトル曲である。このタイトル曲を含んだ、アルバム全体の強烈なサウンド。初
めて聴いたときから、耳を離れない力強いメロディ。ぼくにとって、セロニアス・モンク
と言えば、なんといっても《ブリリアント・コーナーズ》につきるのである。

最初はいつものモンクの作品のように、子供がピアノをイタズラしているような音が聴こ
えてくる。しかし、すぐさま強烈な低音で、「ブァーブババ」とくる。これに怯んでいる
と、堰をきったように速度が倍になって同じメロディが演奏されるのだ。このサウンドと
曲の展開こそモンク。ウネウネと変態的なメロディがたまらない。これだけ強烈なメロデ
ィだと、おそらくミュージシャン達は大変だったのではないかと考える。難しい曲の構成
が云々ということではない。どのようなベース・ラインでこの曲に対応して良いのか計り
あぐねているようなベースのオスカー・ペティフォード以外のメンバーは、どうにか《ブ
リリアント・コーナーズ》という曲を理解はできているようだ。しかし、誰一人、この曲
の力強いメロディを凌駕するような創造性溢れるソロは取れていない。即興演奏が要のは
ずのジャズが、ここではモンクの創ったメロディに負けているのである。

しかし、ぼくはそれで当然と思うのだ。この曲で、モンクの創造性溢れたオリジナル・メ
ロディを凌駕するソロを取るなんて無理な話なのだ。こんなに強烈なメロディを創ってし
まったモンクという人のほうがいけない。1956年の12月17日。いまから50年前の音楽なの
に、その斬新な音楽性の前では、現在活躍中のミュージシャンでさえ立派なソロを取るこ
とは難しいであろう。それくらい、強烈なメロディとサウンドなのだ。このアルバムのレ
コーディングに参加しているテナー・サックス奏者のソニー・ロリンズは、このレコーデ
ィングの数ヶ月前に『サキソフォーン・コロッサス』という自己の最高傑作を吹きこんで
いる。そのロリンズをもってしても、ソロよりもモンクのメロディのほうが印象に残って
しまうという怪現象なのだ。こんな現象が起こってしまうのも、モンクの創り上げたサウ
ンドがあまりにも強烈だからである。

この1曲に打ちのめされたぼくであるが、続く2曲めの《バ・ルー・ボリヴァー・バ・ル
ース・アー》にもマイッタものだ。1曲目の強烈なサウンド体験を慣らすように、ゆった
りとブルースが始まった思ったら、突然拍子が4拍子から3拍子になって、最後に音が「
ビャー」と空高く飛んでいってしまうのである。この不思議な感覚は、モンクのこの曲を
聴くことでしか味わえない。余談だが、エリック・ドルフィーの演奏を聴いていると、そ
のファー・アウトな音の使い方がどこからきたのだろうと思いあぐねることがあるのだが
、ぼくはこのモンクのグループの演奏が元になっているのではないかと思っている。その
”アウト”な感覚が、非常に似通っているのである。同時にその感覚は、1曲目の《ブリ
リアント・コーナーズ》の演奏に続いて、この曲を一度聴いたら忘れられないものにして
いるのである。

アルバム『ブリリアント・コーナーズ』は、レコード盤のA面にあたる《ブリリアント・
コーナーズ》と《バ・ルー・ボリヴァー・バ・ルース・アー》の印象があまりにも強烈な
せいか、3曲目以降の影が薄いところがある。美しい《パノニカ》や、メンバーの殆どが
曲を理解できている《ベムシャ・スィング》なども良い演奏なのだが、《ブリリアント・
コーナーズ》と《バ・ルー・ボリヴァー・バ・ルース・アー》の強烈さには敵わない。お
そらく当時としては、リトル・リチャードなどのロックンロールと比較しても遜色ない強
烈なサウンドであったであろう。ある意味、ジャズというジャンルを超えたサウンドだと
思う。少なくともぼくは、そのサウンドに一発でマイってしまい、当時始めたばかりのア
ルト・サックスで《バ・ルー・ボリヴァー・バ・ルース・アー》を吹きまくったのだ。そ
の強烈なサウンドとメロディは、ぼくの中のなにかを間違いなく突き動かしたのである。

『 Brilliant Corners 』( Thelonious Monk )
cover

1.Brilliant Corners, 2.Ba-Lue Bolivar Ba-Lues-Are,
3.Pannonica, 4.I Surrender, Dear, 5.Bemsha Swing

THELONIOUS MONK(p,celeste on 3), ERNIE HENRY(as omit 5), SONNY ROLLONS(ts),
OSCAR PETTIFORD(b omit 5), MAX ROACH(ds,tympany on 5)
PAUL CHAMBERS(b on 5), CLARK TERRY(tp on 5)

Produced : Orin Keepnews
Recorded : Dec 17 & 23, 1956
Label    : Riverside
※上記のイメージをクリックすると、Amazonにて購入できます