●『ページ・ワン』に聴くドーハムのグループ表現

ジャズのアルバムを聴き始めたばかりの頃は、そのアルバムを代表するような有名な演奏
ばかりをつい聴いてしまうということはないだろうか。体験的にいうと、例えば《セント
・トーマス》ばかり聴いてしまうソニー・ロリンズの『サキソフォーン・コロッサス』、
《枯葉》ばかり繰り返し聴く『サムシン・エルス』、表題曲だけを聴くマイルスの『ラウ
ンド・アバウト・ミッドナイト』といった具合である。これらの曲を聴く時には、いまの
CDとちがって曲単位のリピート機能などないので、レコード・プレーヤーの針を上げ下
げして繰り返し聴いたものだ。それはそれで音楽との濃密な時間となって良いのだが、困
ったことに、下手をするとアルバム全体の良さに気がつかない。ジャズ・サックス奏者ジ
ョー・ヘンダーソンのデビュー・アルバム『ページ・ワン』も、ぼくにとって1曲を繰り
返し聴くアルバムだった。でも、ここ最近全体の良さに気がついてきたのである。

『ページ・ワン』は、アルバム冒頭に収録された《ブルー・ボッサ》という曲で有名なア
ルバムだ。アルバムに参加しているジャズ・トランペッターのケニー・ドーハム作のオリ
ジナルで、ジャズ・ミュージシャンが取り上げることの多い曲である。ぼくが『ページ・
ワン』を買ったのは、いまから25年以上も前のことだが、やはり《ブルー・ボッサ》が聴
きたくて買ったのである。《ブルー・ボッサ》ばかり、繰り返し聴いていたのだ。ドーハ
ムのトランペット・ソロもヘンダーソンのサックス・ソロも、鼻歌で歌えるくらい耳にこ
びりついている。しかし、ここ最近になって、「そういえば、このアルバムは《ブルー・
ボッサ》しか聴いてこなかったなぁ」と気がついたのである。もちろん買ったときに1回
は耳にしているのだが、若い時分に買った1曲目当てのアルバムの他の曲なんて、少なく
ともぼくの場合は耳に入らないも同じであった。

そのような思いから、ここ数日『ページ・ワン』を聴いている。「いままで気がつかなか
ったけど、ドーハムのオリジナルとしては2曲目の《ラ・メシャ》のほうが良い演奏だな
ぁ」とか、ヘンダーソンが軍隊の音楽隊として日本に来た時に目にしたらしい人力車を素
材にした《ジンリキシャ》も「マッコイ・タイナーのピアノとブッチ・ウォーレンの低音
がカッコイイなぁ」とか、いろいろと感心していたのだ。アルバムは、1963年という時代
性を反映して、レコードの各面のトップにあたる1曲目と4曲目にボサ・ノヴァ・タッチ
の曲を配している(1962年にボサ・ノヴァがブームになった)。しかしそこはブルー・ノ
ート。クールでオシャレで涼しげなボサ・ノヴァではなく、ブラック・フィーリングいっ
ぱいのジャズ・クラブの紫煙が似合うカッコイイ曲になっている。そしてよく聴くと、全
ての曲に1950年代後半のハード・バップを通過した新しい感覚があるのである。

いったい何がこの新しさの要因となっているのかと考えながら、全て曲を聴いてみる。当
時二十代のサックス奏者ヘンダーソンの奏法であろうか。いや、そうではない。当時は確
かに新しい演奏だったのであろうが、それ以後のサックス奏者の演奏法を知っている耳に
は、さして新しいものではない。いまもって新しさを感じさせるのは、ヘンダーソンのサ
ックスではない。では、なんなのか。そうすると曲そのもののメロディと、アレンジメン
トを含めたバンドのグループ・フィーリングが新しい感覚を醸し出していることに気がつ
くのである。とくに《ラ・メシャ》や《ジンリキシャ》には、確かにハード・バップ通過
後の新しい感覚(グループ・フィーリング)がある。1963年の時点で、このような新しい
感覚のグループ・フィーリングを音楽に導入できていたバンドは、ウェイン・ショータの
いたアート・ブレイキーとジャズ・メッセンジャーズくらいしかなかったのではないか。

そこで《ブルー・ボッサ》の作者であり、元ジャズ・メッセンジャーズのトランペッター
でもあるケニー・ドーハムに行き当たるのである。ジャッキー・マクリーンが、自分のア
ルバム『レット・フリーダム・リング』の解説において、マイルス、モンク、ロリンズ、
コルトレーンといったジャズ・ジャイアンツと並べてドーハムを”一歩先を行く開拓者”
としている。日本のジャズ・ファンからすると、違和感があるのではないだろうか。歴史
的な評価はともかく、ハード・バップ的な奏法の次の一手を探求していたマクリーンが、
ドーハムを”一歩先を行く開拓者”と見ていた事実は興味深い(彼らは後に双頭コンボを
組む)。同時代のミュージシャンから見て、ドーハムの考えるグループ表現は興味深いも
のがあったのであろう。『ページ・ワン』のいくつかの曲が持っている永遠の新しさは、
おそらくドーハムのグループ表現力によるものだとぼくは思っているのである。

『 Page One 』( Joe Henderson )
cover

1.Blue Bossa, 2.La Mesha, 3.Homestretch
4.Recorda Me (Remember Me), 5.Jinrikisha, 6.Out of the Night

KENNY DORHAM(tp), JOE HENDERSON(ts), McCOY TYNER(p),
BUTCH WARREN(b), PETE LA ROCA(ds)

Produced : Alfred Lion
Recorded : Jun 3 1963
Label    : Blue Note
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