『オール・シングス・マスト・パス』、『ザ・コンサート・フォー・バングラ・デシュ』 、『リビング・イン・ザ・マテリアル・ワールド』と続いてきたジョージ・ハリスン作品 のリマスター作業。作成年度の順番どおりでいくと次のリマスターは『ダーク・ホース』 かと思いきや、なんと『トラベリング・ウィルベリース・ヴォリューム・ワン』らしい。 これは意表をつかれたというか、嬉しいニュースである。この作品は過去に一度CD化さ れたことがあるのだが、その後は長く廃盤となってしまっていた。その為、中古盤やオー クションなどで高額で取引されていると聞く。下記のジャケット・イメージからリンクさ れているアマゾンのページでも高額だ。もっと広く聴かれるべき楽しい作品なのに、先に あげたような事情によって、現状では聴くのが困難な作品となっているのである。だから リマスター復刻されて、容易に入手できるようにすることはとても良いことなのだ。 『トラベリング・ウィルベリース・ヴォリューム・ワン』とは、どのような作品なのか。 ネットをちょっと調べれば簡単にわかることだけど、一応書いておこう。まず第一に言え ることは、”ジョージ・ハリスンのアルバム”ではないということである。ある意味では ジョージのアルバムと言えなくもないが、ジョージが全面的にフィーチャーされているの ではない。フィーチャーされているのは、ジョージが考えた架空のバンドのトラベリング ・ウィルベリーズの各メンバーだ。殆どの曲で、みんなでヴォーカルを分け合っている。 ”ジョージ・ハリスンのアルバム”ではないというのは、そのような意味である。ウィル ベリーズのメンバーは、異母兄弟のオーティス、ネルソン、レフティ、ラッキー・ウィル ベリー、そして親戚のチャールズ・T・ジュニアだ。この5人からなるバンドが、トラヴ ェリング・ウィルベリーズである。 メンバーの名前の中にジョージの名前が見当たらないのはなぜか。このあたりは、ユーモ ア好きなイギリス人のジョージらしい。ウィルベリーズのメンバーの名前は、全て偽名な のだ。ネルソンがジョージその人、オーティスは「電車男」の主題歌《トワイライト》を 歌ったELOというバンドのリーダーのジェフ・リン、レフティは映画「プリティ・ウー マン」の主題歌《プリティ・ウーマン》(最近では上戸彩がカヴァーしていた)が有名な ロイ・オービソン、ラッキーはアメリカで最も偉大な歌手と言われるボブ・ディラン、そ して親戚のチャールズ・T・ジュニアは、当時ディランのツァーをバックアップしていた 人気バンドのトム・ペティ&ハートブレイカーズのリーダートム・ペティである。元々は ジョージの曲のセッションで偶然集まった大物5人だが、それを架空のバンドにしてアル バムを作ることを思いつくところがジョージらしい。 能書きはこのくらいにして、とにかく『トラベリング・ウィルベリース・ヴォリューム・ ワン』は楽しいアルバムだ。これを聴くと、ジョージ復帰作の『クラウド・ナイン』は、 このアルバムを作るためのワン・ステップと思えるほどである。ジョージとジェフ・リン は『クラウド・ナイン』で培った関係をさらにステップ・アップさせて、共通言語である ロックンロールのサウンドを基調としてこのアルバムを作ったのだろう。そこにロイ・オ ービソンがいたことも大きかったはずだ。それぞれが曲を持ち寄って、自分達が楽しいと 思えるサウンドで、普段の自分とは少し異なる面を見せながらレコーディングを楽しんだ のに違いない。それでもアルバムがソロの寄せ集めではなく、架空のバンドのアルバムと して見事な統一感をもっているのは、おそらくジョージのコンセプトとジェフ・リンのサ ウンド・メイキングの見事な手腕によるものであろう。 アルバムの楽しさは、冒頭の《ハンドル・ウィズ・ケア》から全開である。最初にジョー ジが出て、次にオービソン出てくる。オービソンが歌う”ロンリー”という歌詞は、なん でいつも美しく切ないのだろう。そして「エヴリバーディ」と出てくるディラン。エンデ ィングでは、なんとジョージのスライドとディランのハーモニカが絡む。ジョージもディ ランも好きなぼくにはたまらない。アルバムのベストは、オービソンが活躍する《ノット ・アローン・エニー・モア》か。でもぼくが一番グっとくるのは、おそらくディランが持 ってきた《コングラチュレイションズ》である。ゴスペル・バラード調の曲だが、最後の 最後にジョージが得意のスライドを入れる。そして静かにコーラスがフェイド・アウトさ れていくのにのせ、さらにジョージが泣きのスライドを爪弾くのだ。このジョージは、本 当にいつ聴いてもたまらない。早くリマスターが聴きたいな。