●冒頭3連発にヤラれるAORの名盤

冒頭の3曲に甲乙つけがたい名曲がそろっているアルバムは、かなり名盤度が高いアルバ
ムといえる。1曲の演奏時間が長いジャズのアルバムにはこの条件は殆ど当てはまらない
が、ポップスのアルバムでは当てはまるものが多い。例えば「ロックの金字塔」と言われ
るビートルズの『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』。ざわ
ざわという観客の声に始まるオープニングの《サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハー
ツ・クラブ・バンド》でガツンと食らわせ、間髪おかずに曲の終わりで紹介された歌手の
ビリー・シアーズ(リンゴ・スター)が登場して《ウィズ・ア・リトル・ヘルプ・フロム
・マイ・フレンド》をホノボノと歌い、続いて不思議なイントロに導かれてジョン・レノ
ンが登場して《ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンド》を歌う。この冒頭
3曲で、アルバムの世界に否応なしに連れて行かれるのである。

今回紹介するカナダのシンガー、ジノ・ヴァネリのアルバム『ブラザー・トゥ・ブラザー
』もそんな冒頭の3連発を持ったアルバムだ。このアルバムは、70年代末から80年代に流
行ったいわゆるAOR(アダルト・オリエンティッド・ロック)系の名盤の一つに数えら
れている。きっと《アパルーサ》、《リヴァー・マスト・フロウ(邦題:愛の激流)》、
そして全米で大ヒットした必殺のバラード《アイ・ジャスト・ワナ・ストップ》と続く冒
頭の3連発が、AORの名盤と言われる大きな理由の一つとなっているに違いない。AO
Rの名盤と言われるだけあって、ぼくもボズ・スキャッグスやクリストファー・クロスの
アルバムなんかと一緒に車の中などでよく聴いたものだ。しかし、そんなAORな聴き方
だけではなく、一人自宅に戻ってからこのアルバムを取り出して、冒頭の3連発を聴いて
はヤラレまくっていたのである。

アルバムのオープニングを飾るのは、フュージョン・ギタリストのカルロス・リオスによ
るハードなギターのイントロの《アパルーサ》だ。このフュージョンなサウンド・プロダ
クションはどうだ。このようなサウンドは、当時の六本木ピットインなどでやっていたフ
ュージョン・グループの多くが雛形にしたことだろう。しかし、多くの売れ線狙いのフュ
ージョン・ミュージックにあったような軽さや中身の無さは、《アパルーサ》には皆無で
ある。有無を言わさないようなハードな疾走感を持つ、見事なオープナーだ。とくにうね
るようなシンセサイザー・ベースの使い方と、中盤のカルロス・リオスのギター・ソロの
見事なこと。そして《アパルーサ》が見事にフュージョンなエンディングをむかえると、
1秒の曲間もあけずに次の《リヴァー・マスト・フロウ》のイントロが始まる。このアル
バムのテンポ感が素晴らしいのだ。

ワン・ツー・スリー・パンチのツーにあたる2曲目は、ミディアム・テンポのどこか切な
いナンバーの《リヴァー・マスト・フロウ》だ。《リヴァー・マスト・フロウ》というと
、多くの日本のフュージョン・ファンは、ギタリストの渡辺香津美が坂本龍一と組んだフ
ュージョン・バンドKYLYN(キリン)の六本木ピットインでのライヴ・アルバム『K
YLYN・LIVE』を思い出すのではないか。『KYLYN・LIVE』のうち、坂本
龍一プロデュースのC面で、KYLYNの紅一点だった矢野顕子が歌っていたのがこの曲
である。つまりジノ・ヴァネリがこのアルバムで創りあげたサウンドは、KYLYNのメ
ンバーのような当時の日本のフュージョン・シーンの第一人者にとっても注目に値するサ
ウンドだったのだろう。実際、KYLYNバンドのサウンドと『ブラザー・トゥ・ブラザ
ー』のサウンドの共通点は多い。

そしてワン・ツー・スリーの3曲目が、熱烈な愛のバラード《アイ・ジャスト・ワナ・ス
トップ》である。「オー、アイ・ジャス・ワーナー・ストップ」で始まるサビの甘くてポ
ップなメロディ。《アパルーサ》の疾走感に耳をくぎづけにされ、ミディアム・テンポの
《リヴァー・マスト・フロウ》の切ないサウンドに心を揺さぶられ、そしてこの《アイ・
ジャスト・ワナ・ストップ》のサビのメロディで落とされる。このワン・ツー・スリーの
連続攻撃に、ぼくはいつもヤラれていたのである。このアルバムは、他にもフュージョン
・グループのイエロー・ジャケッツのベーシストのジミー・ハスリップが活躍する《フィ
ール・ライク・フライング》やアルバム・タイトル曲の《ブラザー・トゥ・ブラザー》な
ど傑作ぞろいなのだが、冒頭3連発があまりにも強力なのでかすんでしまっている。それ
くらい強力な、冒頭3連発なのだ。この3連発が名盤度を上げているのは間違いない。

『 Brother To Brother 』( Gino Vannelli )
cover

1.Appaloosa, 2.River Must Flow, 3.I Just Wanna Stop
4.Love and Emotion, 5.Feel Like Flying, 6.Brother to Brother,
7.Wheels of Life, 8.Evil Eye, 9.People I Belong To 

Gino Vannelli(vo,key.ds)
Joe Vannelli(elp,syn), Mark Craney(ds), Calos Rios(elg), 
Leon Gaer(synthesized elctric bass), Jimmy Haslip(elb on 5,6,9),
Ernie Watts(ts), Manuel Badrena(per), Victor Feldman(vib), 
Stephanie Spruill, Julia Tillman, Waters Maxine, Willard Waters,
& Ross Vannelli(background vo)

Produced : Gino Vannelli, Joe Vannelli & Ross Vannelli
Released : 1978
Label    : A&M
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