●『ライトゥン・アップ』

このサイトで取り上げるミュージシャンやアーティストは、圧倒的に外国人が多い。別に
意識しているわけではないのだが、ロックもジャズもソウルもボサ・ノヴァも日本で生ま
れたものではないので、”本物”をたどっていくと必然的にそうなってしまうのだ。日本
においてロックやジャズをやるということは、おそらく深く考えれば考えるほど、”本物
”を意識せざるを得ないのではないかと思う。ノーテンキにやってられるのは、おそらく
何も考えていない人だけなのだ。では、日本人による日本人の作品に、自信をもって紹介
できるような”本物”の作品は存在しないのか。決してそんなことはない。”自分達のも
のではない”海外の音楽を昇華して独自の音楽世界を創りあげた”本物”のアーティスト
は小数ながら確実にいる。ヴォーカリストの吉田美奈子も、そのような一人だ。アーティ
ストと呼んでも違和感のない、”本物”の日本人ミュージシャンだと思っている。

吉田美奈子も、初期においては完全に独自の音楽世界を持っていたわけではない。細野晴
臣や松任谷正隆などが在籍していたキャラメル・ママのバックアップで、”いかにも70年
な音楽”をやっていた。そのままであれば、その当時何人かいた同じタイプのシンガーと
同じ道をたどっていたかもしれない。デビュー・アルバムの『扉の冬』は、山下達郎が「
ようやく日本でも聴けるアルバムがでた」と言ったというのはわりと有名な話だが、いま
聴いてみるとキャラメル・ママの色も濃いアルバムである。しかし次第に、おそらくは自
己の嗜好するブラック・ミュージックへの傾倒から、独自な音楽世界を創りあげていく。
吉田美奈子の音楽から「ひと味違うぞ」という印象を最初に受けたのが70年代末の「愛は
思うまま」で、その後の『モノクローム』、『モンスター・イン・タウン』、『ライトゥ
ン・アップ』と続いたアルバムの音楽に、ぼくはぶっとんでしまったのである。

この中で最高なのが、1982年の名盤『ライトゥン・アップ』である。吉田美奈子はこのア
ルバムで、デヴィッド・サンボーンやマイケル・ブレッカーといった当時一番の売れっ子
だった海外のスタジオ・ミュージシャンと、日本人の一流スタジオ・ミュージシャンを手
足のように使って、独自の音楽を創りあげている。その豪勢な音楽世界の、素晴らしいこ
と。タイトル曲の《ライトゥン・アップ》を初めて聴いたときは、六本木の街がベリベリ
と地表から剥がされて、そのままUFOのように夜空に浮かび上がるような感覚を覚えた
ものだ。六本木といえば、このアルバム発表当時のライヴを六本木ピットインで聴いたが
、このアルバムにも参加しているプレイヤーズとマライヤという日本の当時の人気フュー
ジョン・バンドの混成メンバーをバックにしたがえて、吉田美奈子はまるで女王様のよう
であった。もちろん、その姿のカッコよかったことと言ったらない。

少し話が横道にそれたが、『ライトゥン・アップ』の音楽は、当時の最新鋭の音楽だった
フュージョン・ミュージックと、それまで吉田美奈子が通ってきたポップスやディスコの
ようなヒット・チューン的な世界と、おそらく自身の音楽的バックボーンであるゴスペル
ミュージックがもの凄く高い次元で結びついているのである。このような音楽を80年代当
時にやっていた人は、世界的にみてもいない。さらに凄いと思うのが、1980年代当時の現
代感覚と、”灯ともし頃”といった竹久夢二が使うような言葉が、違和感なく同居して音
楽に溶け込んでいるところである。その不思議な時間感覚を持つ言葉が音楽と相まって創
りあげる音楽世界は時間を超越しており、不思議なことに、どうしようもなく”いま”を
感じさせるのである。そのような音楽世界にまで到達した音楽を、昨今安易に使われるレ
ア・グルーヴなんて言葉で片付けてほしくないのだ。

このアルバムに収録されている吉田美奈子の最高傑作、《頬に夜の灯》を聴いてみよう。
ポップなメロディ、リオン・ペンダーヴィスによる素晴らしいストリングスとホーン・ア
レンジ、バッキングを努める日本人ミュージシャンの創りだす素晴らしいグルーヴ、おそ
らく自身のベスト・スリーには入るであろう素晴らしいサックス・ソロを聴かせるデヴィ
ッド・サンボーン、そして吉田美奈子自身による重厚なコーラス。どれをとっても素晴ら
しい。また”灯ともし頃”というような古い言葉を使いながら、行きかう人を色とりどり
に染める夕焼けのことを”あなた”と呼ぶ、時間感覚を超越した不思議な歌詞。これにぼ
くは、まいってしまった。この曲を聴くと、これを超えたポップ・ヴォーカルがあるかと
さえ言いたくなる。光を切り取った印象派画家のように、”夕焼けに染まる都会の一瞬”
を音楽で切り取った吉田美奈子は、ぼくの中で永遠に輝きつづけているのである。

『 Light'n Up 』( Minako Yoshida )
cover
1.LIGHT’N UP, 2.頬に夜の灯, 3.LOVE SHOWER, 4.風,  
5.MORNING PRAYER, 6.斜陽(REFLECTION), 7.時の向こう, 8.ALCOHOLLER  

Minako Yoshida(lead_vo, background_vo, Prophet5 on 1&6, p on 5),
Yuichi Togasiki(ds), Akira Okazawa(elb,vo on 4), Tsunehide Matsuki(g),
Takayuki Hijikata(g), Hiroshi Sato(p, elp, org on 5), 
Haruo Togashi(p, elp, OBX on 2, org on 7), Takeru Muraoka(fl&picclo on 1)
Tatsuro Yamashita(background_vo on 6), Tommy Yohsida(voice on 5)

Horns
Randy Brecker(tp,flh), John Faddis(tp,flh), Alan Rubin(tp, flh),
David Sanborn(as), Michael Brecker(ts), Ronnie Cuber(bs), David Taylor(btb)

On "Light'n Up" & "Love Shower"
Kazumi Takeda(tp), Junichi Kanezaki(tp), Hideo Iguchi(tb),
Yasuaki Shimizu(as,ts,bs on 8), Shigeo Fuchino(as,bs)

Strings
David Nadien(vln), Chaeles Libove(vln), Barry Finclair(vln),
Mathew Raimondi(vln), Jan Mullen(vln), Gerald Tarack(vin), 
Richard Sortome(vln), John Pintavalle(vln),
Charles McCracken(cello), Jonathan Abramowitz(cello), Richard Locker(cello)

On "Love Shower"
Tadaaki Ohno Strings

Strings & Hron Arranged By L.Leon Pendarvis
Piccolo & Flute Arrangement By Minako Yoshida(on 1)
Horn Arranged By Yasuaki Shimizu(on 1&8)
Additional Horn Arrangement By Minako Yoshida(on 8) 
Strings & Horn Arrnged By Tatsuro Yamashita(on 3)

Produced by Minako Yoshida
Label    : Alfa
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