●マン・トラの最高のヴォーカリーズ

ヴォーカル・グループのマンハッタン・トランスファー(以下、マン・トラとする)のア
ルバムは、これまで2枚のアルバムを取り上げた。もう1枚、個人的に外せないアルバム
があるので紹介したい。そのアルバムは、1981年のアルバム『メッカ・フォー・モダン(
邦題:モダン・パラダイス)』である。前作の『エクステンションズ』同様、ジェイ・グ
レイドンのプロデュースによるアルバムだ。マン・トラをバック・アップするスタジオ・
ミュージシャン達も、セリーヌ・ディオンのプロデュースで有名になったデヴィッド・フ
ォスターをはじめ、トトのスティーヴ・ルカサー、キーボードのグレッグ・マティソンな
ど前作と同じ顔ぶれが並んでいる。それに加えて、当時一番の売れっ子ドラマーだったス
ティーヴ・ガットが9曲中8曲でドラムを叩いている。このメンバーだけでサウンドが想
像できそうなアルバムだが、ぼくが紹介したいのはそのような理由からではない。

『メッカ・フォー・モダン』を紹介したい理由は、このアルバムにはマン・トラの最高の
ヴォーカリーズが収録されているからである。6曲目《コーナー・ポケット》がそれだ。
ヴォーカリーズというのは、器楽演奏に歌詞をつけて歌うスタイルのことだ。マン・トラ
がよくやるのはジャズの名演のヴォーカリーズで、後にアルバム全体をヴォーカリーズ・
スタイルのパフォーマンスで埋めた、その名も『ヴォーカリーズ』というアルバムを残し
ている。いうまでもなくヴォーカリーズには、普通の歌唱にはないテクニックが要求され
る。楽器を演奏する人というのは、自分の好きなミュージシャンの演奏(例えばサックス
のソロやギターのソロ演奏など)をコピーして演奏が上手くなっていくと思うが、マン・
トラがやっているのは器楽演奏のソロをコピーして、そこに更に歌詞を載せて見事なハー
モニーをつけて歌っているのである。その見事さには、当時心底驚いたものだ。

その《コーナー・ポケット》だが、マン・トラが元にしたオリジナル演奏は、ジャズのビ
ッグ・バンドの雄、カウント・ベイシー・オーケストラによるものである。ベイシー・オ
ーケストラによるオリジナル・ヴァージョンの録音は、1955年。「ワン・モア・タイム」
の掛け声で有名な『エイプリル・イン・パリ』というアルバムに収録されている。作曲は
、”ソロをとらない”ことで有名なベイシー・オーケストラのギタリストのフレディ・グ
リーン。編曲は、ベイシーにオリジナル曲やアレンジを提供していたアーニー・ウィルキ
ンスである。オシャレなミディアム・テンポのナンバーだ。ベイシー・オーケストラによ
るオリジナル演奏では、トランペットのサド・ジョーンズ、同じくトランペットのジョー
・ニューマン、テナー・サックスのフランク・ウェスの順にソロが回されていく。これを
マン・トラは、実に見事なヴォーカリーズ・ヴァージョンに仕上げているのである。

男性陣がサックス、女性陣がトランペットとなってアンサンブル・パートを全員で流した
あと、お待ちかねのソロ・パートではシェリルがジョーンズのトランペット、シーゲルが
ニューマンのトランペット、ポールがウェスのテナー・サックス、再びシーゲルがベイシ
ーのピアノ・ソロと、それはもう見事なヴォーカリーズを披露する。ぼくはこのマン・ト
ラによる《コーナー・ポケット》のヴォーカリーズ・ヴァージョンを聴いて、ベイシーの
『エイプリル・イン・パリ』の2曲目に収録されていて目立たなかったオリジナル・ヴァ
ージョンの魅力(とくにジョーンズとニューマンのトランペット・ソロの見事さ)に改め
て気がついたほどである。ベイシーのオリジナル・ヴァージョンを聴いていると女性の手
をとってダンスをしたくなるが、マン・トラのヴァージョンは粋な部分をさらに磨きをか
けた感じで、洒落たクラブでグラス片手に楽しみながら聴きたくなってくる。

そして《コーナー・ポケット》以外にも、リッチー・コールのアクロバット飛行のような
サックス・ソロが駆け巡るチャーリー・パーカーのナンバー《コンファメーション》や、
1965年のジャジーなドゥ・ワップ・ヒット《ボーイ・フロム・ニューヨーク・シティ》、
前作と同じくジーン・ピュアリングによる見事なアレンジのアカペラ《バークレー・スク
エアのナイチンゲール》など聴きどころは多い。そして特筆しておかなければならないの
が、当時世界一の売れっ子ドラマーだったスティーヴ・ガットの活躍ぶりである。《コー
ナー・ポケット》をスィングさせているのはまぎれもなくガットのドラムで、この曲はガ
ットのドラムだからこそ素場らしい名演となったと思うのである。その素場らしいガット
のドラム演奏にバックアップされた、マン・トラのヴォーカリーズ。言っては悪いが、ア
ルバム『ヴォーカリーズ』よりこの《コーナー・ポケット》のほうが良い。必聴だ。

『 Mecca for Moderns 』( The Manhattan Transfer )
cover
1.On the Boulevard, 2.Boy from New York City, 3.(Wanted) Dead or Alive,
4.Spies in the Night, 5.Smile Again    
6.Until I Met You (Corner Pocket), 7.(Word of) Confirmation, 8.Kafka,
9.Nightingale Sang in Berkeley Square

The Manhattan Transfer:Janis Siegel, Tim Hauser, Alan Paul, Cheryl Bentyne

Jay Graydon(arr, elg, syn, gut-string-guitar),
David Foster(p on 2 4 5, elp, syn, string arr on 5)
Steve Gadd(ds), Abraham Laboriel(elb), Victor Feldman(p,elp on 2),
Steve Lukather(elg on 1 4 5),Mike Baird(ds on 2), Dean Parks(elg on 2 8),
Jerry Hey(tp on 2), Don Roberts(ts on 2), Greg Mathison(org,syn on 3), 
Tom Scott(lyricon, as on 3), Andy Norell(steel drums, cowbell on 3), 
Alex Acuna(per on 3), Mike Boddicker(syn on 4, syn programming on 8), 
Yaron Gershovsky(p on 6 8), Al Viola(g on 6), Milcho Leviev(p on 7 8, arr on 7),
Richie Cole(as on 7), Jon Hendrix(scat solo on 7), Steve George(syn on 8),
Bernard Kafka(arr on 8), Gene Puerling(arr on 9)

Produced : Jay Graydon
Label    : Atlantic
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