●1967−1968マイルス

マイルス・デイヴィスの1967年12月から1968年02月までのセッションは、非常に興味深い
ものがある。当時リアルタイムで発表された曲は、ジョージ・ベンソンが参加したウェイ
ン・ショーター作の《パラフェルナリア》(『マイルス・イン・ザ・スカイ』収録)のみ
だが、一連のセッションで録音された曲を聴くと一本の脈のようなものが見えてくる。そ
れは、マイルス・クインテットとして録音した前作《ネフェルティティ》までの音楽とは
明らかに異なったものだ。マイルスの”新しいことに対する意志”を音楽から感じるので
ある。そう感じさせる要素の第一は、誰でも聴けばすぐにわかる。それは、いままでマイ
ルスが率いてきたクインテット(サックスのウェイン・ショーター、ピアノのハービー・
ハンコック、ベースのロン・カーター、ドラムスのトニー・ウィリアムス)に加えて、い
くつかの曲でギタリストを参加させていることだ。

この時期のマイルスのレコーディングに参加したギタリストは、録音順に言うと、ジョー
・ベック(《サークル・イン・ザ・ラウンド》、《ウォータ・オン・ザ・ポンド》、《ア
イ・ハヴ・ア・ドリーム》)バッキー・ピザレリ(《ファン》)、ジョージ・ベンソン(
《パラフェルナリア》、《サイド・カー》、《サンクチュアリ》)である。実に7曲の演
奏に、ギタリストが加わっているのである。1967年といえば、クリームやジミ・ヘンドリ
ックスによって、ロックの世界でもギターの役割が大きく変化した年だ。マイルスが、こ
れらのギタリスト達にどのようなことを期待していたのかは定かではないが、それまで率
いていたクィンテットのサウンドを大きく変化させようとしていたことは間違いないと思
われる。そう感じさせる要素は、ギターだけではない。その第二の要素が、ハービー・ハ
ンコックの弾くキーボード類である

それまでハンコックはアコースティック・ピアノを弾いてきたが、《サークル・イン・ザ
・ラウンド》ではチェレスタ、《ウォーター・オン・ザ・ポンド》と《ファン》ではエレ
ピ(初期のエレクトリック・オルガンかもしれない)を弾いている。その他の曲では、従
来どおりのアコースティック・ピアノだ。ハンコックがチェレスタやエレピを弾いた曲は
習作の色が濃く、リアル・タイムには発売されなかった。しかし現在の耳で聴くと、同時
期に録音された《テオズ・バック》といったクインテットによる演奏より斬新なサウンド
に響く。結局これらのセッションの曲は未発表に終わったが、マイルスの次のアルバム(
前述の『マイルス・イン・ザ・スカイ』)では、ハンコックがエレクトリック・ピアノを
弾いている《スタッフ》がアルバムの冒頭を飾った。この事実は、マイルスやプロデュー
サーが、新しいマイルスの音楽を世間に示す意志があったことを物語っていると思う。

ではこれらのマイルスのサウンドの変化は、マイルス自身のみによる考えなのだろうか。
そのような視点から《サークル・イン・ザ・ラウンド》に始る一連のセッションの曲を聴
きなおしてみると、ギル・エヴァンスの影が浮かび上がってくる。前述の『マイルス・イ
ン・ザ・スカイ』のセッションは、ジョージ・ベンソン参加の《パラフェルナリア》のみ
1968年の1月のセッション。残りの3曲は1968年5月のセッションである。この間にあた
る1968年の2月に、マイルスとギル・エヴァンスは、マイルスのクィンテット+ギルのオ
ーケストラという編成でレコーディングを行っている。つまりは、直接的な交流があった
わけだ。オーケストラのメンバーには、ハワイアン・ギターやマンドリンに混じって、ジ
ョー・ベックもギターで参加している。《サークル・イン・ザ・ラウンド》に参加したジ
ョー・ベックは、この時期のギルのオーケストラのメンバーであったのだ。

とすると、点が線でつながってきやしまいか。マイルスは、おそらくギルと2人でサウン
ド変革のアイディアを出し合って、1967年12月から1968年2月にわたる一連のレコーディ
ングを行ったのではないか。実際に《ウォーター・オン・ザ・ポンド》、《ファン》とい
った曲の構成やリズミックなベース・ラインには、ギルの影を色濃く感じるのである。ま
た《ファン》は、60年代マイルスには珍しいラテン風のメロディをもったワルツ・テンポ
の曲だが、ちょうど同時期にハンコックとカーターが参加したウェス・モンゴメリーの『
ダウン・ヒア・オン・ザ・グラウンド』に収録されている《ジ・アザー・マンズ・グラス
・イズ・オールウェイズ・グリーナー》とリズムや雰囲気が似ているところも面白い。こ
の曲のラテン風味のような、一連のセッションのそこかしこに聴く事のできる異国情緒も
、ギルの影を感じるのは考えすぎだろうか。もう少し検証してみることにしよう。

cover
一連のセッションを聴くには
上記のボックスセットがお得
Disk:1  
1.E.S.P. , 2.R.J. , 3.Eighty-One, 4.Little One, 5.Iris, 6.Agitation, 7.Mood,
8.Circle, 9.Orbits, 10.Dolores, 11.Freedom Jazz Dance  

Disk:2  
1.Gingerbread Boy, 2.Footprints, 
3.Limbo, 4.Limbo, 5.Vonetta, 6.Masqualero, 7.Masqualero, 8.Sorcerer  
9.Prince of Darkness, 10.Pee Wee, 
11.Water Babies  

Disk:3  
1.Nefertiti, 2.Capricorn, 3.Madness, 4.Hand Jive, 5.Hand Jive, 6.Hand Jive,
7.Madness, 8.Madness, 9.Sweet Pea, 10.Fall, 11.Pinocchio  

Disk:4  
1.Pinocchio, 2.Riot, 3.Thisness  
4.Circle in the Round, 5.Water on the Pond, 6.Fun, 7.Teo's Bag, 8.Teo's Bag  

Disk:5  
1.Paraphernalia, 2.I Have a Dream, 3.Speak Like a Child, 4.Sanctuary,  
5.Side Car I , 6.Side Car II , 
7.Country Son, 8.Country Son, 9.Black Comedy  

Disk:6  
1.Black Comedy, 2.Stuff, 3.Petits Machins (Little Stuff), 
4.Tout de Suite, 5.Tout de Suite, 6.Filles de Kilimanjaro  

Miles Davis(tp,bells), Wayne Shorter(ts), Herbie Hancock(p,elp.celeste),
Ron Carter(b, elb), Tony Williams(ds),
Joe Beck(elg), Bucky Pizzarelli(elg), George Benson(elg)

Recorded : December 4, 1967 - February 15, 1968 (Disk4-4 - Disk5-6)
Produced : Teo Macero
Label    : Columbia
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