●美女モデルの「ワタシィー、ウタイタィー」が生んだ傑作か?

ニコというと、ロック・ファンの間ではヴェルヴェット・アンダーグラウンドの有名なバ
ナナのアルバム(下を参照)で知られている。このバナナのアルバムは、ロックの世界で
は傑作と言われているが、発売当初は日本では殆ど売れなかったらしい。日本でヴェルヴ
ェットが再発見されるのは、パンクやニュー・ウェーヴの時代になってからだ。少なくと
も、ぼくの周りではそうだった。このヴェルヴェットの再発見とともに、いくぶん伝説的
な存在としてニコも発見された。ぼくがニコを知ったのもその頃だった。バナナのアルバ
ムでは、ニコは3曲リード・ヴォーカルをとっている。《宿命の女》、《オール・トゥモ
ローズ・パーティーズ》、《アイル・ビー・ユア・ミラー》の3曲だ。バナナのアルバム
では不思議な役割を担っている3曲であるが、ニコのパフォーマンスとして聴いた場合、
彼女の最初のソロ・アルバムのほうが断然良いとぼくは思うのである。

その最初のソロ・アルバム『チェルシー・ガール』のことを書く前に、ニコという人がど
のような人なのか知らない人もいるかも知れないので簡単に紹介しておこう。ニコの本名
は、クリスタ・パフゲンという。ドイツのケルンの生まれだ。15歳からモデルを始め、そ
の不思議な美貌でファッション雑誌の表紙などを飾るようになる。日本でいえば、エビち
ゃんやオシキリモエのようなものか。だがスケールが違う。1960年にニューヨークに行っ
てからのニコの周りに現れる人たちは、セルジュ・ゲーンズブール(映画俳優、歌手)、
ブライアン・ジョーンズ(ミュージシャン:ローリング・ストーンズ)、アラン・ドロン
(映画俳優)、ボブ・ディラン(歌手)、アンディー・ウォーホール(芸術家)といった
錚々たるメンバーだ。アラン・ドロンとは、結婚までしている。これらの人々を惹きつけ
るだけの魅力的な女性だったということか。きっと、そうに違いない。

モデルとして成功していたといえるニコだが、周りにいた男達に「ワタシィー、ウタイタ
ィー」とでも言ったのか。シャンソン界きっての伊達男ゲーンズブールのプロデュースで
もレコーディングしているし、ストーンズのブライアン・ジョーンズもレコード制作に一
肌脱いでいる(プロデュースは、ジミー・ペイジ)。ディランも自作曲を提供している。
ウォーホールもそう言われたのかどうかは知らないが、自らが発見したグループのヴェル
ヴェット・アンダーグラウンドにニコを押し込み、自らの企画した音楽とアートと映像を
駆使したイヴェントに参加させる。このときに一緒に出ていたのがフランク・ザッパとマ
ザーズ・オブ・インヴェンションで、彼等のアルバムをプロデュースしていたのがディラ
ンの傑作『ライク・ア・ローリング・ストーン』のプロデューサーで、ヴェルヴェットお
よびニコのアルバムもプロデュースすることになるトム・ウィルソンであった。

ヴェルヴェットとの活動を一段落させたニコは、グリニッチ・ヴィレッジに住み、カフェ
に出演して歌っていたらしい。バックをしていたのは、ジャック・エリオット、ティム・
バックリー、そして若き日のジャクソン・ブラウンと、これまた錚々たる面々だったのだ
という。同じドイツ出身ということもあって可愛がっていたのか、当時19歳だったブラウ
ンはこの10歳年上のお姉様と一緒に暮らしていたらしい。『チェルシー・ガール』は、そ
のブラウンの作った《フェアレスト・オブ・ザ・シーズン》で幕を開けるが、悔しいこと
にこの曲がいいのだ。ブラウンの爪弾くギターにのせてニコが歌いだすと、サイケなスト
リングスがブワァーとくる。ここで一気にぐっとアルバムの世界に引き込まれてしまう。
アルバム・ジャケットのような黒い服を着たニコが薄暗いカフェのステージで歌いだした
ところに、自然光が突然パーっと射してくる。そんなイメージだ。

トム・ウィルソンは、このアルバムに先行したバナナのアルバムの《サンディ・モーニン
グ》を同様の手法でプロデュースしているが、音楽の持つ情感からいって『チェルシー・
ガール』のほうが秀でているとぼくは思うのである。このアルバムの雰囲気に近い音楽は
、ヴェルヴェットではなく1964年から1965年くらいのボブ・ディランの音楽で、トム・ウ
ィルソンつながりか、はたまたニコの美貌にまいって周りをウロウロしていた一人なのか
、ディランも当時未発表であった傑作《アイル・キープ・イット・ウィズ・マイン》を提
供している。このアルバムで「イイなぁ」と感じるのは、ブラウンの曲から始る冒頭の3
曲とこのディランの曲なのだ。また一緒の活動をやめたヴェルヴェットのルー・リードと
ジョン・ケールも曲を提供している。やはり美女の「ウタイタィー」は、周りの男たちを
動かすのか。そんなことも感じてしまう美しい傑作が『チェルシー・ガール』である。

『 Chelsea Girl 』( Nico )
cover
アンニュイ!

cover
これがバナナのアルバム
1.Fairest of the Seasons, 2.These Days, 3.Little Sister
4.Winter Song, 5.It Was a Pleasure Thing
6.Chelsea Girls, 7.I'll Keep It With Mine, 8.Somewhere There's a Feather
9.Wrap Your Troubles in Dreams, 10.Eulogy to Lenny Bruce  

Nico(vo), Jackson Browne(g on 1,2,7,8,9), 
Lou Reed(elg), John Cale(el-viola, p, b), unknown(fl) & strings
Arranged and conducted by Larry Fallon

Recorded : April 4, 1967 Mayfair Sound Studios, NY
Overdubs : May, 1967     Mayfair Sound Studios, NY
Produced : Tom Wilson
Label    : MGM/Verve
※上記のイメージをクリックすると、Amazonにて購入できます