●『フューチャー・ショック』のショック

日本の音楽スタイルの中においても、ヒップ・ホップはすっかりと定着したような感があ
る。ヒップ・ホップ系のバンド編成の定番ともいえるDJ(ターンテーブル奏者)が入っ
ているバンドも、いまでは珍しくなくなった。しかし20年ほど前では、状況は全く異なっ
ていた。1985年のライブ・エイドでは、ヒップ・ホップ・スタイルの元祖的なバンドのラ
ンDMCは思いっきり浮いていた。ターンテーブル奏者を含めたヒップ・ホップ・スタイ
ルの音楽が、アンダーグラウンドから表に出てきて一般的な注目を集めたのは、ぼくの記
憶では1980年代の前半である。ぼくに限らず多くの人が、ヒップ・ホップという音楽スタ
イルを意識した(せざるを得なかった)のは、おそらくこの曲ではないか。その曲とは、
一般的にはジャズ・ピアニストとして有名なハービー・ハンコックが1983年に放ったヒッ
ト・シングル《ロックイット》である。

ハービー・ハンコックは、一般的にはジャズ・ミュージシャンとして知られている人だ。
1960年代のマイルス・デイヴィス・クインテットにおける演奏や、ジャズの名門レーベル
のブルーノートに残した諸作品における演奏は、個人的にも忘れがたいものがある。演奏
の特徴は現代音楽を消化したようなカッコいいコードやフレーズで、坂本龍一をはじめ、
日本人ミュージシャンにも大きな影響を与えていると考える。最近名前を見かけるのは、
某学会系雑誌の中吊り広告だったりするのでちょっと淋しい(なんでも某学会の芸術総合
部長らしい)。1970年代になると親分のマイルスにならい、ハービーも自分の音楽にエレ
クトリックを大胆に取り入れていく。おりしも時代は、フュージョンの時代へ向かおうと
していた。スティーヴィ・ワンダーやジョニ・ミッチェルらとの交流を深めていた当時の
ハービーは、より大きなマーケットでの成功を目論んでいたのかもしれない。

1970年代半ば以降、ハービーは一流のジャズ・ピアニストとしての活動(VSOPやウィ
ントン・マルサリスのバックアップ)を行いながら、片方では「ついにハービーがロック
ンロールをやった」と言われた『モンスター』や、「完全にディスコ」と言われた『ライ
ト・ミー・アップ』など、セッセとフュージョン系(というよりもダンス系)アルバムの
制作に精を出していく。そして満を持して1983年に放ったのが、《ロックイット》が収録
された『フューチャー・ショック』であった。MTV世代の人ならば、ロボットのような
人形が激しく痙攣する、《ロックイット》のプロモーション・ヴィデオを憶えていること
であろう。グラミー賞も受賞したはずだ。ハービーはそのくらいこの曲で大きな成功をお
さめることになったのだが、ぼくが耳を奪われたのは、その未来的ともいえる衝撃的なサ
ウンドであった。

『フューチャー・ショック』のプロデュースは、ハービーとマテリアルというグループに
よるものである。マテリアルはビル・ラズウェルとマイケル・バインホーンが中心となっ
たグループ(というよりもプロジェクト)で、ラズウェルは現在もマテリアルの名前で活
動をしている。マテリアルが当時やっていた音楽は、いろいろなジャンルの要素を混合す
ることで連続して強烈なインパクトを与えるといった類の音楽であった。『フューチャー
・ショック』の制作は、マテリアルが制作したバッキング・トラックにハービーが仕上げ
のダビングをするかたちで行われたらしい。ハービーは、それまでもジャコ・パストリア
スやエイドリアン・ブリューなどの注目の才能をアルバムに起用してきたが、『フューチ
ャー・ショック』は全面的にマテリアルを起用。ハービーをして全面起用の決断をするく
らい、当時のマテリアルのサウンドは衝撃的かつ刺激的であったということであろう。

DMXというコンピュータ・ドラムとスタインバーガーという独特の粘りのある音色のベ
ース。そこにダニエル・ポンスの演奏するアフリカのバタ・ドラムと、グランド・ミキサ
ー・DSTの驚異的なターンテーブルのスクラッチが重なる。これが基本的なサウンド構
成だ。いまではテレビ番組「踊るさんま御殿」の視聴者投稿のBGMになっているが、19
83年当時こんなにビックリしたサウンドはなかった。マテリアル一派が当時やっていた音
楽は、例えばゴールデン・パロミノスというバンドに顕著だが、もっとパンキッシュな音
楽である。そこにハービーのテクノロジー・チームが加わることで、衝撃的で未来的なサ
ウンドに変貌したのだ。しかしそれをファンキーでポップな音楽にしているのは、まぎれ
もなくハービーである。20年以上たっても衝撃力は衰えていないか、《ロックイット》、
《オートドライヴ》、《メガ・ミックス》で確かめよう。

『 Future Shock 』( Herbie Hancock )
cover
こっちが『フューチャー・ショック』

cover
ゴールデン・パロミノスは、
このBOXのDisk3で。
『フューチャー・ショック』の
サウンドの秘密がわかるかも。
1.Rockit, 2.Future Shock, 3.T.F.S., 
4.Earthbeat, 5.Autodrive, 6.Rough, 7.Rockit (Mega Mix)

Herbie Hancock(synth,elp,p,vocoder,clavinet,rhythm controller,emulator),
Bill Laswell(elb), Michael Beinhorn(DMX,synare,synth), 
Grand Mixer D.ST.(turntables, b-vo), Daniel Ponce(bata),
Pete Cosey(elg on 2), Sly Dubar(ds on 2&6),
Dwight Jackson Jr(vo on 2), Lamar Wright(vo on 6),
Bernard Fowler(b-vo), Nicky Skopelitis(b-vo), Roger Trilling(b-vo)

Produced : Material & Herbie Hancock
Label    : Columbia
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