●カモメのアルバムに関するあれこれ

ジャズの名盤と呼ばれるアルバムの一つに、チック・コリアの『リターン・トゥ・フォー
エヴァー』というアルバムがある。水面を飛ぶカモメのジャケットが、とても印象的なア
ルバムだ。このジャズ・アルバムらしからぬ爽やかなジャケットのせいか、ジャズ業界で
は”カモメのアルバム”で通用するらしい。もちろん、ぼくもよく聴いた。フルートを少
し吹いていたこともあり、3曲目に入っている《ホワット・ゲーム・シャル・ウィ・プレ
イ・トゥデイ》をかけながら、一緒にフルートをよく吹いたものだ。この曲の曲調は、ジ
ャズというよりも完全にポップス。少し前にTV−CMに使用されていたことがあるので
、チック・コリアを知らない人でもこの曲だけは耳にしたことがあるかも知れない。わが
師匠の中山康樹さんは、その著書「ジャズの名盤入門」のなかで「新人時代の松田聖子が
歌っても似合いそうな曲」と書かれている(さすがに、うまいこと言うなぁー)。

そのようなポップな曲調とジャケットの爽やかな印象も手伝ってか、このアルバムは発売
当時にとてもよく売れたらしい。ジャズ・アルバムとしては、異例の大ヒットだったとい
う。成功に自信を深めたのか、チックはアルバムのタイトルとなったリターン・トゥ・フ
ォーエヴァーをそのまま冠にしたバンドを結成する。リターン・トゥ・フォーエヴァー(
以下、RTFとする)は、70年代の音楽の流行スタイルとなったフュージョンの一翼を担
う人気バンドとなった。チックがRTFで追求したのは、”より多くの人とのコミュニケ
ーション”なのだそうだ。RTFの次の作品『ライト・アズ・ア・フェザー』に収録され
たチックの人気曲《スペイン》は、有名なアル・ジャロウによるカヴァーだけでなく、我
が国でもクラシック系奏者からBzの松本孝弘までカヴァーしているので、チックの目論
見は成功したと言ってよいであろう。

RTFに到るまでのチック・コリアは、エレクトリックを大胆に取り入れてからのマイル
ス・デイヴィスの片腕ともいえる働きを経て、自己のピアノ・トリオ、およびそのトリオ
に前衛的な演奏で有名なサックス奏者のアンソニー・ブラクストンを加えたバンドのサー
クルを結成して、前衛的なジャズを展開していた。しかし本来は自由な音楽であるはずの
ジャズ、そこからさらに和声やリズムといった音楽上の制約を取り払ってより自由度の高
い即興演奏を目指したはずの前衛的なジャズをやることが、実際は前衛的なアプローチの
しかたや演奏手法などによって形骸化し、なおかつ音楽上の制約を取り払ったことで、聴
いている人にとって楽しめない音楽(ときには騒音でさえある)になっていったとチック
は考えたようだ。サークルの解体後にチックが向かった方向は、「シンプルで誰にでも楽
しんでもらえる音楽」であった。

それを実践したのがRTFといえるわけだが、チックがそう考える転機となったのが、サ
イエントロジーの提唱者ロン・ハバードとの出会いらしい。サイエントロジーというのは
学問というよりは自己啓発的な宗教的哲学というものだそうで、世界的には宗教として認
知されているようだ。チック以外の有名な信者には、映画俳優のトム・クルーズやジョン
・トラボルタがいる。そのようなフィルターをとおしてこのアルバムの音楽を聴くと、催
眠術にかかってしまいそうな1曲目のメロディや、《ホワット・ゲーム・シャル・ウィ・
プレイ・トゥデイ》の歌詞(レコード時代は、ジャケット裏に大きく印刷されていた)の
意味もなにやら宗教めいてこなくもない。このような事情は近年知ったが、音楽の魅力は
やはり別だ。事情を全く知らないで聴いても、ぼくにとって《ホワット・ゲーム・シャル
・ウィ・プレイ・トゥデイ》の爽やかな魅力は初めて聴いたときと全く変わらない。

この曲に合わせてフルートを吹きまくっていたぼくだが、最近になってこのアルバムの一
番のジャズ的聴きどころはやはり定説どおり4曲目にあると気がついた。後半部分にあた
るチックの人気曲《ラ・フィエスタ》だ。狂おしく叫びまくるジョー・ファレルのサック
スの後、猛烈にスィングするチックのピアノ・ソロのもの凄さ。ここにつきる。チックを
プッシュするスタンリー・クラークのもの凄いベースと、アイアートのぶったたきまくり
ドラムも凄い。一ヵ月後にほぼ同じメンバーでスタン・ゲッツとこの曲をレコーディング
しているが、興奮度は明らかにこのアルバムのほうが上だ。しかし頑固で知られるこのア
ルバムのプロデューサーのマンフレッド・アイヒャーは、この音楽を聴いてどう思ったの
だろう。シンプルで誰にでも楽しんでもらえる音楽をアイヒャーがどのように感じていた
か。実はこの点が、このアルバムに関するぼくの一番の興味である。

『 Return To Forever 』( Chick Corea )
cover

1.Return to Forever, 2.Crystal Silence, 
3.What Game Shall We Play Today?, 4.Sometime Ago/La Fiesta

CHICK COREA(elp), JOE FARRELL(fl,ss), FLORA PURIM(vo,per), 
STANLEY CLARKE(b,elb), AIRTO MOREIRA(ds,per)

Produced : Manfred Eicher
Recorded : February 2,3, 1972 A&R Studios, NY
Label    : ECM
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