●サウンド指向のハード・ロック

以前にテレビのニュース番組で、新橋駅前の酔っ払いサラリーマンに、アンケートならぬ
ギターでディープ・パープルの曲を弾かせていたことがあった。彼らがプレイしていたの
は、確か《バーン》と《スモーク・オン・ザ・ウォーター》だった。いわゆる、ディープ
・パープルの”定番”ナンバーだ。なぜニュース番組でそんなことをやっていたかという
と、ちょうど来日していた元パープルのメンバーがゲスト出演していたからである。その
ニュース番組の視聴者層は、青春時代にロックに明け暮れた人も多い世代なので、ときど
きそうやって”大人のロック”世代のバンド・メンバーをゲストに呼んでいたのだ。そし
て「あなたがたの曲は、日本ではこんな酔っ払いのビジネスマンでも知っていますよ」と
示していたのである。確かに《スモーク・オン・ザ・ウォーター》は、”大人のロック”
世代ならほぼ全員知っている曲に違いない。

が、しかし、しかしである。ディープ・パープルとほぼ同時期のバンドで、しかも同じ編
成(ヴォーカル、ギター、キーボード、ベース、ドラムス)で、しかもディープ・パープ
ルよりもずーとカッコいいバンドは存在する。同じイギリスのバンドの、ユーライア・ヒ
ープだ。ぼくが思うに、ヒープのサウンドはディープ・パープルの百倍はカッコいい。だ
けど、日本では知名度ないんだよなぁー。1973年には来日して、東京、名古屋、大阪でコ
ンサートもやっている。ぼく自身いままでに数々の音楽好きの人と知り合ってきたが、ヒ
ープのことを一緒に熱く語れる人には巡りあったことはない。確かにディープ・パープル
の《バーン》や《スモーク・オン・ザ・ウォーター》のように、ロック少年に受けやすい
キャッチーな曲はない。リッチー・ブラックモア(ディープ・パープルのギタリスト)の
ような、花形プレーヤーもいない。でも、ヒープが一番なのである。

ユーライア・ヒープは、イギリスのハード・ロック・バンドだ。ギターのミック・ボック
スとヴォーカルのデヴィッド・バイロンが元ゴッズ(ローリング・ストーンズ加入前のミ
ック・テイラーが在籍していたバンド)のキーボードのケン・ヘンズレーを引っ張りこむ
形で、1970年に結成される。何度かメンバー・チェンジを繰り返し、ベースのゲイリー・
セイン、ドラムスのリーカースレイクの5人になるのが1972年。ここから数年が、ヒープ
のピークである。その後、ベースのゲイリー・セインが感電事故で演奏不能になり、後釜
にはキング・クリムゾンのジョン・ウェットンが入っていたこともある。キー・メンバー
の一人だったヴォーカルのバイロンは亡くなり、ヒープ・サウンドの立役者だったヘンズ
レーもグループを脱退したが、ギターのミック・ボックスを中心になんと現役でやってい
るらしい。

そのヒープの全盛期のCDが、ド、ド、ド、ド、ドドッと発売される。ロックの歴史の中
で有名なのは、当時としては斬新だったムーグ・シンセサイザーによる長いソロの入った
名曲《7月の朝》が収録された3作目のアルバム『ルック・アット・ユアセルフ(邦題:
対自核)』といったところか。しかしこのアルバムは、上記にあげた5人編成によるもの
ではない。ぼくが一番タマラナイと感じるのは、セインとカースレイクの参加した4作目
のアルバム『デーモンズ・アンド・ウィザーズ(邦題:悪魔と魔法使い)』である。とく
かく曲がカッコイイ。”ロック”という音楽のカッコよさが全て詰まっているといっても
過言ではないと、ぼくは本気で思っているのだ。ハード・ロックのエネルギー、ブリティ
ッシュ・フォークの美しさ(レッド・ツェッペリンなんかも同様)、ヨーロッパ特有の音
楽的な美意識(ディープ・パープルには、これが感じられない)などである。

またヒープは曲がカッコイイだけではない。ヒープがイイのは、サウンド指向のバンドだ
からだ。ヴォーカルを含めた、ひとつひとつのサウンドが素場らしいのである。細部にわ
たって、よく考えられて演奏されている。例えば、セインの歌うようなベースの素晴らし
さ。パープル・コピー野郎は、耳の穴をかっぽじって聴きやがれ(おっと下品になってし
まいました)。そんなヒープの魅力が全て詰まったのがこのアルバムなのだ。冒頭の《魔
法使い》の、アコースティックな響きにバンドが入ってくるときのカッコよさ。5曲目《
連帯》の荘厳な美しさと壮大なグルーヴを聴きやがれ(おっと、また失礼)。9曲目(ア
ナログ盤最後)の《呪文》なんて、同時期のピンク・フロイドの傑作『狂気』と比較して
も劣らないプログレッシヴなサウンドである。とにかくぼくは、一人でも多くの人にヒー
プの素晴らしい音楽を体験してほしいのだ。この機会に、ぜひどうぞ。

『 Demons and Wizards 』( Uriah Heep )
cover

1. Wizard, 2.Traveller in Time,3.Easy Livin',
4. Poet's Justice, 5.Circle of Hands,
6.Rainbow Demon, 7.All My Life, 8.Paradise, 9.The Spell

DAVID BYRON(vo), MICK BOX(g), KEN HENSLEY(key,g,per), 
GARY THAIN(elb), LEE KERSLAKE(ds,per), 

Produced : Garry Bron
Recorded : March-April, 1972 Lansdowne Studios, London
Label    : Bronze
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