●マクラフリンのポップな実験

このサイトのような文章を書いていると、よく人から「マニアックですね」と言われる。
しかし自分自身では、決してマニアックだとは思っていない。殆どは、そのジャンルの音
楽に少し親しめば、誰もが知っている、あるいは聴くことになるであろうミュージシャン
の音楽のはずである。そして何より、このサイトで書いてきた音楽は、自分の音楽観を形
成してくれた音楽達なのである。取り上げているミュージシャンはいろいろなジャンルに
わたっているが、ぼくにとっては”自分のハートに響いた音楽”という、取り上げるにあ
たっての明解な判断基準があるのである。どんなに有名なアーティストでも、ナン百万枚
のセールスをあげたミュージシャンでも、どんな紹介本にも載っている名盤でも、”自分
のハートに響いた音楽”でなければ、このサイトで取り上げることはないのだ。1回か2
回聴いただけの名盤を並べて、ウェブ上で名盤辞典を作るつもりもないのである。

でも今回は、少しマニアックかもしれない。というのは、ぼく自身がこのアルバムの存在
を近年まで知らなかったからだ。ちょっと調べ物をしていて、偶然に行き着いたアルバム
なのである。アルバムのリーダーは、ゴードン・ベックというピアニストだ。ジャズ・フ
ァンなら、フィル・ウッズ(ビリー・ジョエルの《素顔のままで》でカッコいいサックス
・ソロを吹いている人)&ザ・ヨーロピアン・リズム・マシーンのメンバーとして、ロッ
ク・ファンならば、アラン・ホールズワースとの共演で名前を知っているのであろう。そ
のゴードン・ベックのアルバムを紹介したい理由は2つある。1つめの理由は、イギリス
人ギタリストのジョン・マクラフリンの興味深い渡米前の演奏が聴けるためだ。そして2
つめの理由は、マクラフリンを含むゴードン・ベックのグループがこのアルバムで取り上
げた選曲の面白さである。

ジョン・マクラフリンを知らない人もいると思うので、ざっと紹介しよう。イギリスで活
動していたギタリストのマクラフリンは、マイルス・デイヴィスのベーシストだったデイ
ヴ・ホランドの紹介で渡米。その後すぐにマイルス・デイヴィスの傑作『イン・ア・サイ
レント・ウェイ』や『ビッチェズ・ブリュー』、ウェイン・ショーターの『スーパー・ノ
ヴァ』といったジャズ史の中でもエポック・メイキング的なアルバムに参加して、サウン
ド上の重要な役割を担って一躍有名になる。その後間も無く、ドラマーのトニー・ウィリ
アムスのジャズ・ロック・バンドのライフ・タイムに参加。ライフ・タイムには、イギリ
ス時代の仲間の元クリームのジャック・ブルースも参加している。その後、ロックの世界
からも注目を集めたマハヴィシュヌ・オーケストラを結成。超絶なギターの早弾きで、エ
リック・クラプトンやジミー・ペイジに夢中だったギター・キッズの耳を釘付けにした。

ぼくがマクラフリンを知ったのも、まさにこのマハヴィシュヌ時代で、その殺気だった早
弾きに面食らったものである。ロックにも、テン・イヤーズ・アフターのアルヴィン・リ
ーなど早弾きを売り物にしていたギタリストはいたが、マクラフリンが凄いのは、マクラ
フリンがそれまでのどのギタリストも弾かなかった斬新なフレーズを次から次へと繰り出
したことである。いわゆる”ジャズっぽい”とか”ブルージーな”フレーズというものが
ないのだ。このゴードン・ベックのアルバムの録音は1967年だが、早くもこのマクラフリ
ンの最大の特徴が顔を覗かせているのである。ゴードン・ベックのピアノ・ソロのフレー
ズには”ジャズ”がちょこちょこ顔を出すのだが、マクラフリンのギター・サウンドとフ
レーズによって、アルバムのサウンドは見事に新鮮さを感じさせるのだ。これがマクラフ
リンが参加したことによる、音楽的な効果なのである。

そんな彼らが演奏しているのが、な、な、なんと、ビートルズはともかく、ビーチ・ボー
イズの《グッド・ヴァイブレーション》に、ザ・フーの《恋のマジック・アイ》である。
他にも、ナンシー・シナトラ、ボビー・ヘブ、ママス&パパスなどの同時代のヒット曲な
のだ。ボビー・ヘブの《サニー》やビートルズの曲は、ジャズの世界でも新たなスタンダ
ードとなりつつあるが、《グッド・ヴァイブレーション》に《恋のマジック・アイ》には
さすがに興味がそそられた。マクラフリンによる、ビートルズ、ビーチ・ボーイズ、ザ・
フー。これが、ぼくがこのアルバムを聴いてみたいと思った動機なのだ。しかも、聴いて
みると、これが見事にジャズしているのである。とくにザ・フーの《恋のマジック・アイ
》は、原曲を知っている人が聴いたらビックリするであろう。ベストは4曲目の《アップ
、アップ・アンド・アウェイ》か。この創造的な実験は、聴いてみる価値大だと思う。

『 Experiments with Pops 』( Gordon Beck )
cover

1.These Boots Are Made For Walking, 2.Norwegian Wood, 3.Sunny, 
4.Up, Up and Away, 5.Michelle, 6.I Can See For Miles,
7.Good Vibrations, 8.Monday, Monday

GORDON BECK(p), JOHNNY(JOHN) McLAUGHIN(elg), JEFF CLYNE(b), TONY OXLEY(ds), 

Produced : Ray Horricks
Recorded : Aug, 1967 Lansdowne Studios, London
Label    : Major Minor
※上記のイメージをクリックすると、Amazonにて購入できます