このサイトのような文章を書いていると、よく人から「マニアックですね」と言われる。 しかし自分自身では、決してマニアックだとは思っていない。殆どは、そのジャンルの音 楽に少し親しめば、誰もが知っている、あるいは聴くことになるであろうミュージシャン の音楽のはずである。そして何より、このサイトで書いてきた音楽は、自分の音楽観を形 成してくれた音楽達なのである。取り上げているミュージシャンはいろいろなジャンルに わたっているが、ぼくにとっては”自分のハートに響いた音楽”という、取り上げるにあ たっての明解な判断基準があるのである。どんなに有名なアーティストでも、ナン百万枚 のセールスをあげたミュージシャンでも、どんな紹介本にも載っている名盤でも、”自分 のハートに響いた音楽”でなければ、このサイトで取り上げることはないのだ。1回か2 回聴いただけの名盤を並べて、ウェブ上で名盤辞典を作るつもりもないのである。 でも今回は、少しマニアックかもしれない。というのは、ぼく自身がこのアルバムの存在 を近年まで知らなかったからだ。ちょっと調べ物をしていて、偶然に行き着いたアルバム なのである。アルバムのリーダーは、ゴードン・ベックというピアニストだ。ジャズ・フ ァンなら、フィル・ウッズ(ビリー・ジョエルの《素顔のままで》でカッコいいサックス ・ソロを吹いている人)&ザ・ヨーロピアン・リズム・マシーンのメンバーとして、ロッ ク・ファンならば、アラン・ホールズワースとの共演で名前を知っているのであろう。そ のゴードン・ベックのアルバムを紹介したい理由は2つある。1つめの理由は、イギリス 人ギタリストのジョン・マクラフリンの興味深い渡米前の演奏が聴けるためだ。そして2 つめの理由は、マクラフリンを含むゴードン・ベックのグループがこのアルバムで取り上 げた選曲の面白さである。 ジョン・マクラフリンを知らない人もいると思うので、ざっと紹介しよう。イギリスで活 動していたギタリストのマクラフリンは、マイルス・デイヴィスのベーシストだったデイ ヴ・ホランドの紹介で渡米。その後すぐにマイルス・デイヴィスの傑作『イン・ア・サイ レント・ウェイ』や『ビッチェズ・ブリュー』、ウェイン・ショーターの『スーパー・ノ ヴァ』といったジャズ史の中でもエポック・メイキング的なアルバムに参加して、サウン ド上の重要な役割を担って一躍有名になる。その後間も無く、ドラマーのトニー・ウィリ アムスのジャズ・ロック・バンドのライフ・タイムに参加。ライフ・タイムには、イギリ ス時代の仲間の元クリームのジャック・ブルースも参加している。その後、ロックの世界 からも注目を集めたマハヴィシュヌ・オーケストラを結成。超絶なギターの早弾きで、エ リック・クラプトンやジミー・ペイジに夢中だったギター・キッズの耳を釘付けにした。 ぼくがマクラフリンを知ったのも、まさにこのマハヴィシュヌ時代で、その殺気だった早 弾きに面食らったものである。ロックにも、テン・イヤーズ・アフターのアルヴィン・リ ーなど早弾きを売り物にしていたギタリストはいたが、マクラフリンが凄いのは、マクラ フリンがそれまでのどのギタリストも弾かなかった斬新なフレーズを次から次へと繰り出 したことである。いわゆる”ジャズっぽい”とか”ブルージーな”フレーズというものが ないのだ。このゴードン・ベックのアルバムの録音は1967年だが、早くもこのマクラフリ ンの最大の特徴が顔を覗かせているのである。ゴードン・ベックのピアノ・ソロのフレー ズには”ジャズ”がちょこちょこ顔を出すのだが、マクラフリンのギター・サウンドとフ レーズによって、アルバムのサウンドは見事に新鮮さを感じさせるのだ。これがマクラフ リンが参加したことによる、音楽的な効果なのである。 そんな彼らが演奏しているのが、な、な、なんと、ビートルズはともかく、ビーチ・ボー イズの《グッド・ヴァイブレーション》に、ザ・フーの《恋のマジック・アイ》である。 他にも、ナンシー・シナトラ、ボビー・ヘブ、ママス&パパスなどの同時代のヒット曲な のだ。ボビー・ヘブの《サニー》やビートルズの曲は、ジャズの世界でも新たなスタンダ ードとなりつつあるが、《グッド・ヴァイブレーション》に《恋のマジック・アイ》には さすがに興味がそそられた。マクラフリンによる、ビートルズ、ビーチ・ボーイズ、ザ・ フー。これが、ぼくがこのアルバムを聴いてみたいと思った動機なのだ。しかも、聴いて みると、これが見事にジャズしているのである。とくにザ・フーの《恋のマジック・アイ 》は、原曲を知っている人が聴いたらビックリするであろう。ベストは4曲目の《アップ 、アップ・アンド・アウェイ》か。この創造的な実験は、聴いてみる価値大だと思う。