「ダ・ヴィンチ・コード」という本が、世界的にベスト・セラーとなっているらしい。多 様な才能を持っていた画家レオナルド・ダ・ヴィンチが、世界的に有名な自作の絵画「最 後の晩餐」と「モナ・リザ」に隠したとされる暗号に関する話なのだという。なんでもダ ・ヴィンチは、最も主張したかったことを、反発を逃れて巧妙に自作の絵画の中に暗号と して隠したのだそうだ。ダ・ヴィンチのように科学や数学の面でも優れた才能をもってい た人ならば、自分の訴えたいことを、それに反対している人には簡単に解読できない暗号 として自作の絵画に封じ込めたという話は十分にありえることだと考える。この「ダ・ヴ ィンチ・コード」の話を聞いてぼくが連想したのが、60年代に活躍したR&Bグループの インプレッションズ、およびそのメンバーのカーティス・メイフィールドのことだ。なぜ インプレッションズとカーティスを連想したのか。キーはカーティスのコードである。 まずはインプレッションズというグループが、どのようなグループなのかを説明しよう。 R&Bやソウル・ミュージックに詳しい人ならともかく、一般的にはインプレッションズ といっても知らない人が多いと思われる。知っているとしても、マーヴィン・ゲイと並ぶ ニュー・ソウルの代表的なミュージシャンのカーティス・メイフィールドのいたグループ として名前を知っているという程度なのではないか。「ベスト・ヒット・USA」などに 代表されるMTV世代の人ならば、インプレッションズは知らなくても80年代にジェフ・ ベックがロッド・スチュワートと久ぶりにコラボレートした《ピープル・ゲット・レディ 》のビデオ・クリップを憶えているかもしれない。ロック・ファンの人ならば、それ以前 にベックが組んでいたグループのBB&Aによる《アイム・ソー・プラウド》を聞いたこ とがある人もいるであろう。 これらの曲は、いずれもカーティスのペンによるインプレッションズのヒット曲のカヴァ ーである。カヴァーしたジェフ・ベックも同じ気持ちだと思うが、インプレッションズと いえば、なんといってもこれらのヒット・シングルを出していた1963年から1968年までの 5年間が最高である。即ちバリトン&バスのサム・グッデン、テナーのフレッド・キャッ シュ、そしてファルセット&テナーのカーティス・メイフィールドの3人編成のインプレ ッションズだ。もともとインプレッションズは、後にソロ・シンガーとなったジェリー・ バトラーを含む5人編成だったが、ジェリー・バトラーはソロの道を歩み(フレッド・キ ャッシュはバトラーの代わりにグループに加入した)、オリジナル・メンバーのアーサー とリチャードのブルックス・ブラザーズがグループから離れ、サム、フレッド、そしてカ ーティスの3人となる。一般的にインプレッションズというと、この3人のことだ。 ソング・ライターとしての才能もあったカーティスは、インプレッションズだけではなく 他のシンガーにも曲を提供していた。しかし、カーティスは他のアーティストへの提供曲 とインプレッションズに向けた(即ち自ら歌う)曲とは、明確な線引きをしていたとされ ている。確かにカーティスがインプレッションズに向けて書いた曲の歌詞は、自分と同じ 黒人の女性に向けて「きみを愛することを誇りに思う」と歌いかける《アイム・ソー・プ ラウド》をはじめ、静かなるパワーで変革への呼びかけを行う傑作《ピープル・ゲット・ レディ》、アフリカン・アメリカン讃歌の《ウィー・アー・ア・ウィナー》や《チョイス ・オブ・カラーズ》など、自己の主張を”声高”にではなく実に洗練されたかたちで曲に 盛りこんだものが多い。しかしこれだけでは、「ダ・ヴィンチ・コード」と比較するには あたらないだろ。カーティスが”自分の主張”を込めたコードとは何か。 インプレッションズ時代のギターを弾くカーティスの写真を見ると、面白いことに気がつ く。殆どの写真で、エレクトリック・ギターの1フレットにカポタスト(ネックに取り付 けて音程をあげる道具)をつけている。ギターを弾く人ならわかると思うが、カポタスト をギターの1フレットにつけると音程が半音あがる。つまりカポタストをつけたギターで Cメイジャー(ドミソの和音)のコードを弾くと、実際には半音あがってCシャープメジ ャーとなる。ピアノに当てはめると、白鍵ではなく黒鍵を中心とした和音である。カーテ ィスがインプレッションズに書いたヒット曲は、殆どがこの黒鍵を中心としたコードで出 来ているのだ。これがカーティスのコードだ。単なる偶然か、それとも歌いやすかったか らだけなのか。はたまた、作曲、プロデュース、アレンジと、なんでもこなした才人カー ティスが、作品に込めた暗号なのか。その答えは、考えてみてください。