先週とりあげたリンゴ・スターの最新アルバム『チューズ・ラヴ』に、スライ&ザ・ファ ミリー・ストーンのメンバーのローズ・ストーンの名前があった。CDの内ジャケットに も、丸まると太ったローズがリンゴと一緒に写っていた。なんでも娘さんと一緒にゴスペ ル・コーラスをやっているらしい。「ウッドストックのころは、可愛いソウル・シスター だったのになぁ」と暫く感慨にふけっていたのだが、「そういえば今年のグラミー賞には 、スライ本人が出ていたな」と突然思い出したのであった。2月8日に行われた今年のグ ラミー賞でスライ&ザ・ファミリー・ストーンをトリビュートするパフォーマンスがあり 、そこにスライ本人が登場したのだ。ボクサーがするような”SLY”と書かれた銀色の ベルト、金色のロング・コート、そしてなんといっても眼を引いたのが10cm以上は屹立し ていたと思われる金色に輝くトサカいやモヒカン頭だ。これにはビックリした。 スライがステージにいたのは、ほんのつかの間だったらしい。このパフォーマンスは、昨 年の9月に突如のごとく発売されたスライ&ザ・ファミリー・ストーンのトリビュート盤 に参加していたエアロスミスのスティーヴン・タイラーなどが参加して行われた。そうい えばスティーヴン・タイラーは、このスライのトリビュート盤でロバート・ランドルフと いうジャム・バンド・シーンで有名なギタリスト(前述のリンゴのアルバムにも参加して いた)と共演して、スライの名曲『アイ・ウォント・テイク・ユー・ハイアー』をやって いる。エアロスミスとスライというのが少し意外だったが、他にもエレクトリック・ブル ースのバディ・ガイ、70年代ソウルのスーパー・スターのアイザック・ヘイズ、思わず バブル期を想いだすジャネット・ジャクソン、ヒップ・ホップのブラック・アイド・ピー ズなど様々な年代のミュージシャンがトリビュート盤に参加している。 しかしいくら豪華なミュージシャンが集まっていても、ぼくはトリビュート盤には興味が ない。いうまでもなく音楽的な興味は、オリジナルのスライ&ザ・ファミリー・ストーン のアルバムにしかない。トリビュート盤は、なんとオリジナルのマスター・テープの音源 を使用しているそうだがそんなことをしてもよいのか?ますますスライが人間不信になっ て、引き篭もってしまうのではないかと思わずにはいられない。といってもグラミー賞の ような大舞台に出てくるわけだから、そんなことはないのかな?しかし、ステージの上に いたのはつかの間らしいので、スライ本人は”トリビュート”そのものを快くは思ってい なかったのかもしれない。グラミー賞に現れたいまのスライに”怖いもの見たさ”的な興 味がないわけではないが、スライがアイディアをぶちまけて創り上げた60年代末から70年 代初頭までのアルバムのほうが、音楽的に得るものは圧倒的に多いのである。 しかしスライをこれから聴いてみようという人は、ロック系の名盤紹介本に必ずのってい る『ゼアズ・ア・ライオット・ゴーィング・オン(邦題:暴動)』を最初に聴いてはいけ ない。このアルバムでスライを好きになったという人は(ネット上には多くいるようであ るが)、ぼくはなんとなく信用できない。少なくとも、自分とは音楽の感じかたは異なる タイプの人だと断言できる。はっきり言って、『暴動』はスライ初心者には難しすぎる。 ぼくがノックアウトされたのは、映画「ウッドストック」の緊張感溢れ、かつ”どーにも 止まらない”ようなファンキーなスライの演奏だ。「ハイアー!」と観客を煽って、スト ップ・モーションで暗闇に両手を挙げるスライのカッコよかったこと。『暴動』には、こ のコーフン感は皆無である。音楽の感じ方は人それぞれであるが、『暴動』を経験する前 に知っておくべきコーフン感溢れるスライの音楽がある。 ぼくがノックアウトされたウッドストックのコーフン感を持っているスライのアルバムは 、やはり『ダンス・トゥ・ザ・ミュージック』だ。スライ&ザ・ファミリー・ストーンの 2枚めのアルバムであり、ウッドストックでも演奏した《ダンス・トゥ・ザ・ミュージッ ク》と《ミュージック・ラヴァー》が収録されている。とにかくファンキーでポップ。自 然と身体が動き出す。いま聴きなおしてみると、ゴスペル、ドゥ・ワップ、サザン・ソウ ル、モータウンなどの影響が、意外とストレートに音楽に反映されている。しかしそれら のブラック・フィーリング溢れる要素は、明るくポップなメロディとサウンドに溶け込ん でいるのだ。そのうえでスライが、「踊りまくろう」、「いい気分になろうよ」とシンプ ルなメッセージを投げかける。その音楽からは、音楽の力を信じている希望に溢れたスラ イの姿が伝わってくる。だからイイのである。スライを聴くなら、まずこのアルバムだ。