●充実期に入ったリンゴの傑作アルバム

リンゴ・スターのアルバムって、みなどれだけ持っているのだろう。ソロになってからの
アルバムを、発売されるたびに買っていた人はどれほどいるだろうか。ビートルズ・ファ
ンの人でも、あまりいないのではないか。ジョン、ポール、ジョージならともかく、リン
ゴを追いかける人を想像するのは難しい。「ビートルズ関連のアルバムは、とりあえず揃
えておきたい」という、コレクターに近いような人しか思い浮かばない。ぼく自身は、80
年代後半に来日したオール・スター・バンドのコンサートを最後に、自分からリンゴの音
楽に近づくことはなかった。それ以降、アンソロジーやジョージの追悼ライヴでのリンゴ
の姿を観て、特別なイヴェントに特別な存在として出てくる人でよいと感じていた。リン
ゴが音楽の世界に果した役割は、もう充分なはずだった。各自の持ち歌を歌いまわすオー
ルディーズ・バンドすれすれのオール・スター・バンドには、全く興味はなかった。

だから油断していたのだ。60歳を超えたリンゴが傑作アルバムを作るとは。リンゴの最も
新しいアルバム『チューズ・ラヴ』は、何度も繰り返し聴くに耐えうるポップ・ロックの
傑作であったのだ。特に1曲目の《フェイディング・イン・フェイディング・アウト》。
『ホワイト・アルバム』に収録されていたリンゴのオリジナル《ドント・パス・ミー・バ
イ》に似たドラムとオルガンのイントロにはじまり、「ハウ・メニー・タイムズ〜」から
晩年のジョージようなコード進行とギター・サウンドになり、明るくポップな「フェイデ
ィング・イン、フェイディング・アウト」のコーラスへと繋がっていく展開の見事さ。ジ
ョン、ジョージ、ハリー・ニルソンといった親友の死を乗り越えた現在のリンゴだからこ
そ歌うことのできたこの曲を聴いて、不覚にもぼくは泣きました。何回聴いても胸がキュ
ンとする、リンゴの曲の中でもベスト3に入る傑作曲だ。

続く《ギヴ・ミー・バック・ザ・ビート》は、往年のロックン・ロールを彷彿とさせるゴ
ギゲンなロックン・ロールだ。そしてこの曲は、リンゴが未だ充分に音楽をドライヴさせ
ることができる現役のロックン・ロール・ドラマーであることを示す。リンゴがこれだけ
ドライヴしてドラムを叩けるのも、一緒に楽しく演奏できる仲間がいてこそであろう。こ
のアルバムの録音の核になっているのは、リンゴ曰く”金持ちのガレージ・バンド”のラ
ウンドヘッズだ。ラウンドヘッズという気のおけない自身のバンドを得たからこそ、いま
のリンゴは思う存分にドラムを叩けているのではないか。おそらくリンゴにとって、ラウ
ンドヘッズのようなバンド(演奏仲間)ができたのは、ビートルズの解散以来初めてであ
ろう。《ギヴ・ミー・バック・ザ・ビート》からは緊密なコミュニケーションがとれるよ
うになったバンドのノリが感じられ、聴いているこちらまで楽しくなってくるのである。

また、このアルバムからとても大きく感じるのはジョージの存在だ。《フェイディング・
イン・フェイディング・アウト》の歌詞とサウンド、《ギヴ・ミー・バック・ザ・ビート
》の、《シーズ・ア・ウーマン》や《オクトパス・ガーデン》を引用したギター・フレー
ズ。タイトル曲《チューズ・ラヴ》の、《タックスマン》そっくりのベース。そしてリン
ゴの作ったデモ・テープからスタートする3曲目は、ジョージの妻のオリビア・ハリスン
のために創った曲ということだから、アルバム制作中のリンゴの頭に亡くなったジョージ
の存在があったのは間違いない。その3曲目《オー・マイ・ロード》は、ジョージの《マ
イ・スィート・ロード》と同様に神への想いを歌い、同曲でゴスペルとロックを融合させ
たジョージと同様にビリー・プレストンによるオルガンと元スライ&ファミリー・ストー
ンのローズ・ストーン(!)のゴスペル・コーラス隊が曲を彩っているのである。

ここにあげた曲以外にも、ビートルズの《ユー・ウォント・シー・ミー》にインスパイア
された軽快なポップ《サム・ピープル》など、繰り返し聴きたくなる魅力がいっぱいのア
ルバムとなっているのだ。このような傑作アルバムをリンゴが制作できたのは、プロデュ
ーサーでありラウンドヘッズの中心メンバーでもある元ハドソン・ブラザーズのマーク・
ハドソンの力が大きいのであろう。70年代中盤にTVを中心に活躍したハドソン・ブラザ
ーズは、ビートルズやビーチ・ボーイズの大きな影響を受けた音楽をやっていた。いわば
凝り性のグループであったわけだが、それがリンゴのプロデュースに奏効している。ハド
ソンを中心としたラウンドヘッズを得て、リンゴの音楽への意欲が大きくなったのは間違
いないだろう。ビートルズだったことなんかドコ吹く風のような感じで、ロックン・ロー
ルするリンゴが気持ち良い。70年代の傑作『リンゴ』と肩を並べる傑作アルバムだ。


『 Choose Love 』( Ringo Starr )
cover

1.Fading in Fading Out, 2.Give Me Back The Beat, 3.Oh My Lord
4.Hard To Be True, 5.Some People, 6.Wrong All The Time
7.Dont Hang Up, 8.Choose Love, 9.Me And You
10.Satisfied, 11.The Turnaround, 12.Free Drinks

Ringo Starr(vo,ds,per,org,tape,loop), Mark Hudson(b,elg,g,key,p,har,cho,arr)
Gary Burr(elg,g,slide-g,b,cho), Steve Dudas(elg,g,cho), Mark Mirando(elg,cho),
Jim Cox(arr,p), Joe Amato(sax), Dann Higgins(sax,woodwinds), Gary Grant(horn)

Robert Randolph(lead-g on 1,3)
Billy Preston(p,org on 3, cho on 4, org on 6
The Rose Stone Choir(cho on 3,10)
Chrissie Hynde(vo on 7)
Barbara Starkey(devil voice on 11)

Produced : Mark Hudson + Ringo Starr
Released : June 25, 2005
Recorded : 2005
Label    : Koch
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