●アストラッド・ジルベルトとギル・エヴァンス

先日、某大手CDショップをひさしぶりにのぞいてみたら、店頭のわりと目立つ場所に、
ボサ・ノヴァ関連のCDがたくさん陳列されていた。桜の季節も終わり、わりと暖かい日
が続くようになると、お馴染みともいえる光景である。そのようなCDショップの陳列棚
の光景からもわかるとおり、ボサ・ノヴァという音楽は5月から8月くらいまでの季節に
聴くのにピッタリな音楽だ。ボサ・ノヴァを聴くと、陽射し、海、小麦色の肌、白い砂浜
といったイメージが浮かぶが、どこか一歩離れた場所でそれらの光景を見ているようなク
ールな雰囲気も同時に感じる。ブラジルで生まれたボサ・ノヴァは、地元ブラジルの音楽
のリズム感に、クラシックやモダン・ジャズのエッセンスを上手く取り入れた、いわば室
内楽ともいえる音楽である。そのような理由で、クールなムードを持っているのかも知れ
ない。

ボサ・ノヴァで有名な人は、名曲をたくさん作ったアントニオ・カルロス・ジョビンをは
じめとして大勢いるが、おそらく女性ヴォーカルというとアストラッド・ジルベルトがも
っとも有名であろう。アストラッドの歌い方はどことなく拙さを感じさせるが、その点が
また独特の魅力でもある。ボサ・ノヴァという音楽に、まことにフィットした歌い方なの
である。けっして”歌が上手い”わけではないのだが、アストラッドの歌には、彼女にし
か出せない心地良いニュアンスがあるのだ。そのような心地良さが、全米でヒットした《
イパネマの娘》をはじめとして、いまでも大勢の人に愛されている理由であろう。ボサ・
ノヴァの歌い方を決定づけたのは、当時のアストラッドの夫であるジョアン・ジルベルト
であるが、ボサ・ノヴァという音楽が世界中でこれだけ愛されてきたのは、アストラッド
の歌唱もかなり大きく影響しているのではとぼくは思っているのである。

アストラッドは、スタン・ゲッツとのアルバムをはじめとして、60年代に魅力的なアルバ
ムをたくさん作っている。その中で、ぼくがもっとも愛してやまないのが、1966年のアル
バム『ルック・トゥ・ザ・レインボウ』だ。アストラッドの3枚目のソロ・アルバムであ
り、バックをギル・エヴァンス編曲(一部はアル・コーン)によるオーケストラが努めて
いる。アストラッドの歌も、ギルのオーケストラも大好きなぼくには、この点がたまらな
い。まるで好物が2つのっている、メイン・ディッシュのようなものである。ギル編曲に
よるオーケストラは、いわゆるジャズのビッグ・バンドとは違う。そのサウンドは、なれ
ると一聴して”ギルだ”とわかる(とくに低音部の使用方法と、高音の倍音が発生するよ
うなハーモナイズ)。このアルバムは、そんなギルのサウンドとアストラッドの歌が絶妙
なハーモニーを奏でているのである。

たまらないのは、1曲目のバーデン・パウエル作《ビリンバウ》と表題曲の《ルック・ト
ゥ・ザ・レインボウ》だ。どのくらいたまらないかというと、自分でカヴァーしてレコー
ディングしてしまったくらいである。どうしても自分自身でやってみたかったほど、この
2曲のサウンドはぼくの頭の中から離れなかったのだ。《ビリンバウ》のアレンジは、モ
ヤっとしたアストラッドのヴォーカルを包み込むような、ギル編曲による幽玄なサウンド
、シャープなミュート・トランペットとフルートのオブリガード、そして後半のグルーヴ
感がたまらない。《ビリンバウ》という曲名はブラジルの民族楽器の名前だが、その楽器
の音色を模した歌詞をアストラッドが歌う部分のグルーヴ感がイイのである。すぐに曲は
フェイド・アウトしてしまうのだが、このままもっともっとそのグルーヴを聴いていたい
と思ってしまうサウンドなのだ。

そして表題曲の《ルック・トゥ・ザ・レインボウ》は、《ダウン・タウン》のヒットで有
名なペトラ・クラーク主演の映画の主題曲ということだが、この曲をギルは実に見事に料
理している。オーケストラがいるにもかかわらず、ギター、ベース、ドラムスのメインの
リズムに、涼しげな風を運んでくるようなフルートと、弾きそうで弾かないピアノのみで
演奏される。このテイクこそ、世の中に数あるボサ・ノヴァの中で、もっともぼくが魅力
を感じているボサ・ノヴァなのだ。また想像でしかないが、9曲目に入っている「ルッガ
、ボニータ、ボニータ」という部分が印象的な《ルガー・ボニータ》は、リターン・トゥ
・フォーエヴァーの《ホワット・ゲーム・シャル・ウィ・プレイ・トゥデイ》の雛型とな
った曲ではないだろうか。演奏のフィーリングが、とてもよく似ている。そのようなこと
をいろいろ考えて楽しめるのも、ギルの編曲に飽きさせない魅力があるからなのである。

『 Look to the Rainbow 』( Astrud Gilberto )
cover

1.Berimbau, 2.Once upon a Summertime, 3.Felicidade
4.I Will Wait for You, 5.Frevo, 6.Maria Quiet
7.Look to the Rainbow, 8.Bim Bom, 9.Lugar Bonita (Pretty Place)
10.Preciso Apprender a Ser So (Learn to Live Alone), 11.She's a Carioca

Astrud Gilberto (vo),
Gil Evans (p, arr, cond), Al Cohn (ts, arr),
John Coles (tp), Bob Brookmeyer (vtb), Ray Alonge (fh), 
possibly Kenny Burrell (g), Grady Tate (dm), Dom Um Romao (berimbau on 1), 
other musicians unknown.

Produced by Creed Taylor
Recorded : May 18, 1965, Feb 4, 1966
Released : 1966
Label    : Verve
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