●ジャッキー・マクリーンのこと

ジャッキー・マクリーンが亡くなった。ジャッキー・マクリーンは、ジャズのアルト・サ
ックス奏者である。マクリーンが亡くなったことについては、ぼくの家で購読している一
般紙でも写真入り(通常は名前のみ)で紹介されていたので、それなりの知名度をもった
ミュージシャンといえるであろう。事実、およそ”ジャズ・ファン”を自称する人で、マ
クリーンのことを知らない、聴いたことがないという人はいないはずだ。ぼくも例外では
ない。ジャズを聴きはじめてから比較的早い時期に、マクリーンの演奏に出会っている。
ただしその出会いは、マクリーン名義のアルバムではなかった。チャールス・ミンガスの
『直立猿人』、マル・ウォルドロンの『レフト・アローン』、そしてソニー・クラークの
『クール・ストラッティン』といった、ジャズを聴き始めたばかりの人が比較的出会いや
すい名盤によって、ぼくはジャッキー・マクリーンの演奏と出会ったのであった。

なかでも『クール・ストラッティン』のマクリーンの演奏は忘れがたい。『クール・スト
ラッティン』というアルバムは、1曲目に同名のタイトル曲が入っている。このタイトル
曲こそ、ぼくがアルト・サックスという楽器を持って、初めて人前でジャズを演奏した思
い出の曲なのである。少し話しはそれるが、そのときの記録(写真)も雑誌に掲載される
という形で手元に残っている。掲載されたのは、まだ小さい形をしていた時期の「ジャズ
・ライフ」という雑誌だ。その雑誌で連載されていたアマチュアを紹介するコーナーの中
で、ライヴ・ハウスで《クール・ストラッティン》を演奏しているぼくの写真が掲載され
たのである。当時のぼくが、アルト・サックスで多少なりともまともに吹けたジャズ・ナ
ンバーはこの曲のみ。つまりぼくにとって《クール・ストラッティン》という曲は、アル
ト・サックスという楽器で初めて吹いてみたくなったジャズ・ナンバーであったのだ。

このことが、ウラを返せばマクリーンの魅力のような気がしてならない。なぜ”アルト・
サックスで《クール・ストラッティン》”だったのか。チャーリー・パーカーも、アート
・ペッパーも、オーネット・コールマンも、エリック・ドルフィーも、リー・コニッツも
、フィル・ウッズも、ポール・デズモンドも、おまけにナベサダまでガンガン聴いていた
にも関わらず、ジャッキー・マクリーンだったのである。その理由は、《クール・ストラ
ッティン》というソニー・クラークが作曲した曲のシンプルな魅力もさることながら、や
はりマクリーンの演奏そのものにあったと、改めていま感じるのである。ジャズとしかい
いようのない、独特の”音”と”歌い方”。《クール・ストラッティン》のマクリーンの
ソロは、その”音”と”歌い方”の魅力がいっぱいだ。この曲のマクリーンのソロを、ソ
ラで歌えるジャズ・ファンは多いのではないか。

”音”のほうは、パピプペポとガギグゲゴが混じっているような、独特のザラついた音色
である。この”音”で吹かれたメロディは、なんでもジャズになってしまうのではないか
と思えるほどだ。そしてブルージーかつメロディアスな、独特な節回しの”歌い方”。”
タァータ、タァータ”という3連符と”タラララ、タラララ”という8分音符が絶妙に組
み合わされた、その独特のフレージング。とくに各フレーズの始まり方の、コンマ何秒か
遅れる感じ。この絶妙な間がタマラナイ。そして、それらが相まって醸し出されるジャズ
としかいいようのない演奏のカッコよさ。このカッコよさが、どれだけ多くの人を魅了し
続けてきたか。《クール・ストラッティン》のマクリーンの演奏の中に存在するこれらの
魅力が、最初に吹くジャズ・ナンバーとして、無意識のうちにぼくにをこの曲を選択させ
たような気がしてならないのである。

昨日、ふと立ち寄った小さなジャズ喫茶のドアを開けると、アルト・サックスの音が耳に
飛び込んできた。すぐにマクリーンの音だとわかった。店主は1人追悼の意を表すかのよ
うに、『スィング・スワング・スウィンギン』などのマクリーンのアルバムを次から次へ
とかけていた。マクリーンの死を知って、この店主と同じようにマクリーンのアルバムを
聴いた人は多いのではないだろうか。それほどマクリーンというミュージシャンの演奏は
、アメリカから遥か遠く離れた我が日本のジャズ・ファンに愛されてきたのだ。マクリー
ンの演奏を愛してきた人たちは、その”音”や”歌い方”の中に、マクリーンの演奏を聴
くことによってしか味わうことのできない魅力を感じてきたに違いない。今夜はぼくも、
”自分が初めて演奏したいと思ったジャズ・ナンバーを演奏していたミュージシャン”に
敬意を表して、《クール・ストラッティン》に耳を傾けることにしよう。

『 Cool Struttin' 』( Sonny Clark )
cover

1.Cool Struttin', 2.Blue Minor
3.Sippin' At Bells, 4.Deep Night

+ bonus track

5.Royal Flush, 6.Lover

Sonny Clark(p), Jackie McLean(as), Art Farmer(tp),
Paul Chambers(b), "Philly" Joe Jones(ds)

Produced by Alfred Lion
Recorded : Jan 5, 1958
Released : 1958
Label    : Blue Note
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