●『ザ・レストフル・マインド』の思い出

意識的に音楽をカッコイイと思って聴きはじめる時期というのは、何歳ぐらいなのだろう
か。ぼく自身の経験で考えると、中学一年生くらいではないかと考える。それまで聴いて
きた歌謡曲がダサいものに感じ始め、世の中にそれよりももっとカッコイイ音楽が存在す
ることに気がつきはじめるのだ。いまのそれくらいの年齢の子供達はどうなのだろうか。
いわゆる大人というものを意識しはじめる時期と重なるのだろうが、ぼくらの頃はまずは
フォーク・ソング(いわゆる吉田拓郎とかかぐや姫など)にまわりはみんな夢中になり、
最終的にはエリック・クラプトンやジミー・ペイジといったロックのギター・ヒーローに
心を奪われた友人が多かったように思う。そしてそのうちの何人かの友人達が、やがて「
マハヴィシュヌ」とか「コリエル」といった存在に気がつき、クラプトンやペイジに夢中
のぼくらをよそにアルバムを買いはじめたのである。

ぼくが仲の良かった友人もその一人だった。その頃の彼の興味の対象はすでにロックの中
にはなく、ジャズまっしぐらという感じだった。その彼と一緒に、現在の西新宿ブート地
帯にあった輸入盤専門店にレコードを買出しに行ったときの話である。彼は、ラリー・コ
リエルという、聞いたことの無い名前のギタリストのアルバムを買ったのである。そのア
ルバムは、『ザ・レストフル・マインド』というアルバムだった。「どういう人なの?」
とぼく。「この人の演奏が凄いという話や。でもよう、わからん」と彼。しかしジャケッ
トを見たら、なぜ彼がこのレコードを選んだのかわかった気がした。アルバムのジャケッ
トは、とても美しい写真だった。もしぼくがコリエルのアルバムを買ったとしても、同じ
アルバムを選んだであろう。そして、そのジャケットと同じように、アルバムに収録され
ていた音楽は、それまでに聴いたことのない美しいものだったのである。

それは、ジャズとも、フォークとも、インド音楽とも、クラシックとも、なんとも言いよ
うのない、形容しがたい音楽であった。しかし当時はあまりそんなことは気にせずに、た
だ音楽の圧倒的な凄さに酔いしれていた。その当時流行しはじめていた、安易なクロスオ
ーヴァーとは一線を画する美しい音楽であることは、中学生の耳にもおそらく感覚的に理
解できていたのだと思う。そして何より驚いたのが、コリエルのギターの弾き方だった。
それまで聴いていたロックやフォーク・ソングのギターの弾き方とは、全く異なったもの
であった。曲によっては、どうやって弾いているのかわからないものもあった。友人の言
うとおりコリエルが凄いミュージシャンであることを瞬時に悟ったぼくは、すぐに友人か
らアルバムを借りてカセット・テープに録音した。そして、毎日のように繰り返し聴いて
いたのである。

コリエルのバックで演奏しているのは、12弦ギターを駆使するラルフ・タウナー、アップ
ライト・ベースのグレン・ムーア、そしてインド方面の楽器を操るコリン・ウォルコット
である。彼らが、オレゴンというグループだと気がついたのは後の話だ。そう、『ザ・レ
ストフル・マインド』は、オレゴンのメンバーをバックにラリー・コリエルが弾きまくる
という夢のようなアルバムであったのだ。とくにラルフ・タウナーの12弦ギターのサウン
ドの凄さ。”一瞬の煌き”のようなその鮮やかなサウンドには、耳を奪われた。とくにア
ルバムのトップに収録されている、《インプロヴィゼイション・オン・ロベルト・デ・ヴ
ィゼーズ・メヌエットU》でのコリエルとタウナーの絡みは凄まじい。コリエルが”コリ
エル、コリエル”という得意フレーズを炸裂させると、タウナーが”ツクツクツクツク、
ツクツクツクツク、チャーン”と閃光のように返すところのカッコよさはたまらない。

日本盤では当時でていなかったと思われるこのアルバムを、輸入盤ショップで友人が手に
取らなかったら、ラリー・コリエルやオレゴンとの出会いはもっと遅くなっていたに違い
ない。中学生であった当時は、この音楽をCSN&Yやイエスのスティーヴ・ハウのギタ
ー演奏に近い感覚で聴いていたような気がする。明確なジャンルの上で燦然と輝いている
音楽もあれば、このアルバムに収められた音楽のように、多種多様なジャンルの音楽を意
識的にミックスしたような位置で輝いているアルバムもある。70年代という時代は、ラリ
ー・コリエルやオレゴンだけではなく、キース・ジャレットなどが、そのような位置で傑
作をたくさん創っていた。なにも考えずにそのような驚きを与えてくれる音楽に、まだ出
会うことができるのだろうか。中学時代の友人を懐かしみながら、CDで再発されたこの
アルバムを聴いてそんなことを考えてしまったのであった。


『 The Restful Mind 』( Larry Coryell )
cover

1.Improvisation On Robert de Visee’s Menuet2, 2.Ann Arbor
3.Pavane For A Dead Princess
4.Improvisation On Robert de Visee’s Sarabande, 5.Song For Jim Webb
6.Lulie la Belle, 7.The Restful Mind

Larry Coryell(g), 
Ralph Towner(12strings_g,g), Collin Walcott(tabla,conga), Glen Moore(b,p)

Recorded : Nov, 1974
Released : 1975
Label    : Vanguard
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