こと音楽に関して”あーだ、こーだ”という世界では、ジャンルを問わずコマーシャルな ものを無視しがちである。例えば、ジャズの名門レーベルであるブルー・ノートきっての スターであったジミー・スミスがよい例だ。スミスのレコードは、ジャズの世界だけでは なく、一般のヒット・チャートでも売れていた。いわばジャズ界を代表するスターであっ たわけだが、その驚異的な音楽が我が国でまともに論じられることなど、近年になるまで は殆どなかったといってもよい。スミスに限らず、多くのオルガン奏者は、我が国ではほ ぼ同様の扱いを受けている。そりゃアルバート・アイラーやジョン・コルトレーンの音楽 に関して難しい顔しながら論じるほうが、アカデミックな印象を受けるものね。たまたま 一例としてジャズの世界をあげたが、ロック・ポップスの世界も我が国においては同様で あることは、例えば現在に至る山下達郎の苦闘の歴史を調べればすぐにわかるであろう。 しかし、いつの時代においても変わらないのは音楽である。記録としてレコードやＣＤに 刻み込まれている音楽が全てなのである。”あーだ、こーだ”（ぼくの文章も、明らかに その一つであるが）に惑わされてしたり顔をするよりも、好奇心のアンテナを張り巡らせ ていろいろな音楽を聴いてみるほうが良いに決まっている。そこには、あなたがまだ出会 ったことのない、あなたにピッタリの音楽が眠っている可能性だってあるのだ。音楽を演 奏するミュージシャンのほうは、難しい音楽をやっている人も、コマーシャルな曲をやっ ている人も、さほど考えていることには変わりがないのである。小難しい音楽のほうにも 聴くに耐えない安易なものはあるし、コマーシャルな曲をやっていても、音楽そのものが 最上の心地良いグルーヴを感じさせてくれるものもあるのである。コマーシャルだからと いって、音楽的な価値がないわけではないのだ。 ということで今回は、オルガン奏者のシャーリー・スコットが、60年代後半にアトランテ ィックで創ったアルバム『ソウル・ソング』を紹介してみたい。シャーリー・スコットを 知っている人は、一般の音楽ファンでは殆どいないであろう。ジャズのオルガン奏者であ るが、ジャズが好きな人でも知っている人は10人のうち半分いるかどうか。少なくとも最 近の日本人ジャズ・ミュージシャンの演奏をジャズと思っている人は、まず知らないであ ろう。もちろんマイルス・デイヴィスやジョン・コルトレーンのように、ジャズを聴かな い人でもなんとなく名前を聴いたことのあるようなビッグ・ネームではない。かといって 、ハンク・モブレーやソニー・クラークのように、ビッグ・ネームではないが、日本のジ ャズ・ファンなら誰もが知っているミュージシャンでもない。そのくらいの知名度のスコ ットが創った『ソウル・ソング』というアルバムであるが、これがイイのである。 シャーリー・スコットがどのような人か興味がある人は、インターネットなどで調べてみ ると良い。とりあえずここでは、”女性のオルガン奏者である”ということと、”『ソウ ル・ソング』録音時は、テナー・サックス奏者のスタンリー・タレンタインの奥さんであ った”という２点を押さえておけばよい。スタンリーは、上述したジミー・スミスのヒッ ト・レコードでもサックスを吹いていた人だ。『ソウル・ソング』録音時は奥さんのスコ ットと双頭コンボを組んでいたらしく、アルバムの録音にももちろん参加している。『ソ ウル・ソング』は、ジェームズ・ブラウンの《シンク》、パーシー・スレッジの《男が女 を愛するとき》、ボブ・ディランの《風に吹かれて》などが収録されているが、これらの コマーシャルなヒット曲を、奥さんのスコットのオルガンをバックに、ときには渋くブル ージーに、ときには朗々と吹ききるスタンリーがいいのである。 とくに１曲目の《シンク》の６分を過ぎたあたりから、ブルージーかつソウルフルに吹き まくっていくところがイイ。”キュッ”となるところなんかたまらない。このスタンリー のサックスにより、イージー・リスニング（あえてそう呼びたい）としても一級品だが、 ソウル・ジャズとしても一級品という見事な音楽になっているのである。フュージョン・ ブームのスターの一人、エリック・ゲイルのファンキーなギターもたまらない。でも、主 人公であるはずのスコットは何をしているのか。いやいや、立派にご主人を影で支えてい る。控えめなプレイで、スタンリーの良さを引き出しているのである。内助の功である。 でも最後はセルジオ・メンデス＆ブラジル66の《ライク・ア・ラヴァー》でヴォーカルま でとって、ちゃんと存在感を示しているけどね。コマーシャルな曲を取り上げても立派な 音楽になるという好例のアルバムである。
| 『 Soul Song 』( Shirley Scott ) | |
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  ↑スコットはこんな人 |
1.Think, 2.When A Man Loves A Woman 3.Mr. Businessman, 4.Blowin' In The Wind, 5.Soul Song, 6.Like A Lover Shirley Scott(org, vo on 6), Stanley Turrentine(ts), Eric Gale(elg), Specs Powell(ds on 1,6), Bernard Purdie(ds on 2,5), Ray Lucas(ds on 3,4), Roland Martinez(elb on 2,5), Bob Cranshaw(elb on 3,4) Recorded : Sep 9, 1968, Nov 7, 1968 Released : 1969 Produced : Joel Dorn Label : Atlantic |
