●ユーモア溢れる新解釈の『アウト・トゥ・ランチ』

アルト・サックス奏者のエリック・ドルフィーが1964年にジャズの名門レーベルのブルー
ノートで創ったアルバム『アウト・トゥ・ランチ』は、ジャズの世界では”名盤”として
燦然と輝いているアルバムである。個人的にはジャズという狭い世界だけでなく、あらゆ
るジャンルの音楽の中でも突出した作品であると思っている。ONJO(大友良英ズ・ニュー
・ジャズ・オーケストラ)の作品『アウト・トゥ・ランチ』は、その燦然と輝いているド
ルフィーの作品に果敢にも挑戦し、そして結果を言ってしまえば見事にモノにした成功作
だ。これは簡単にできることではない。なぜかというと、ドルフィーのオリジナルは見事
な前衛的構築美を誇る作品であり、演奏するには難しいタイプのものだからだ。だからと
いって聴いていて難しい作品という意味ではなく、どちらかというとスパっと心にインパ
クトを与える解りやすい作品でもある。これが音楽の面白いところだ。

つまりドルフィーの『アウト・トゥ・ランチ』をやるということは、ジャズをやりはじめ
たばかりの人が《枯葉》や《マイ・ファニー・ヴァレンタイン》をやる(これ、ぼくの話
です)のとは、訳がちがうのである。難しいのだ(ハズだ)。過去においても、セロニア
ス・モンク、チャールズ・ミンガス、ソニー・クラークなど、優れたジャズ・ミュージシ
ャンの作曲家としての才能に焦点をあてたアルバムというものも確かにあった。しかし、
ドルフィーの、しかも『アウト・トゥ・ランチ』の全曲オーケストラ演奏というのは、難
易度でいうと最大級といってもよいのではないだろうか。綿密な準備、演奏者の演奏コン
セプトの理解、オリジナルと比較されることに対する勇気、そして何よりもドルフィー作
品への愛情がないとできないことである。ギターおよびターン・テーブル奏者として知ら
れる大友良英率いるONJOがこのアルバムで演奏しているのは、そのような音楽なのだ。

アルバムは、ドルフィーのオリジナル盤どおりの曲順で進んでいく。オリジナルを知って
いる人は、意識的にも、無意識でも、頭の中で参照してしまうかもしれない。でも、おそ
らくそれは、ONJOとしては覚悟の上だろう。リーダーの大友良英の音楽のことを、ライナ
ー・ノーツでカヒミ・カリイが料理に例えているが、オリジナルを知っている人は”どの
ように料理されているのか”という点に感心を持って聴けば良い。事実、ぼくはそのよう
に聴いた。ぼくがどのように料理されているか楽しみだったのは、《ハット・アンド・ベ
アード》と《ガッゼローニ》である。《ハット・アンド・ベアード》は、ぼくが一番衝撃
を受けたドルフィーの演奏で、オリジナル・アルバムを代表する演奏でもある。《ガッゼ
ローニ》は、オリジナル盤はフルートの演奏による小品なので、ONJOのような大編成でそ
れをどのように料理するのかが楽しみであった。

大友良英の演奏を聴くのは初めてではなかったし彼のアルバムも数枚持っているため、出
てくる音はある程度予想があった。本当に白紙の状態で音楽を聴くのは難しい。しかし、
それを超える音楽さえ聴ければそれでよい。そのような意味で《ハット・アンド・ベアー
ド》は予想を裏切るような演奏ではなく、ほぼ予想したとおりの音であった。でも、オリ
ジナルにあるイントロを冒頭で再演せずにバッサリとカットして、ドラムのロールからい
きなり合奏部分に持っていったのは、もちろん大友のアイディアだと思うが、これが思い
っきりよくてよかった。また各楽器のソロの継ぎ目を、(おそらく意識的に)なくすよう
に演奏しているのも良い。ドルフィーのオリジナルは、外に向かって音が放射されるよう
な演奏であるが、ONJO版はドロドロのマグマの中を一本の太い光線がヘビのようにウネウ
ネしながら続いていくような感じだ(どんな感じだ!)。

予想を裏切ってくれたのが、続く《サムシング・スィート・サムシング・テンダー》と《
ガッゼローニ》だ。ドルフィーがリリカルと表現した《サムシング〜》は、大友の音楽で
はお馴染みの笙の音が鳴り響き、人間国宝が能を舞っているようで、”イヨー”とか”ハ
ッ”とか声を出したくなった。間髪いれずに続く、期待の《ガッゼローニ》の音場はどう
だ。低音がメチャクチャカッコよい。オーケストラによるパンクだ。”カッコイイぜ、オ
オトモッ”と声をかけたくなる。タイトル曲の《アウト・トゥ・ランチ》は、オーネット
の『フリー・ジャズ』的展開も顔を出す。そして最後の《ストレイト・アップ・アンド・
ダウン》は、原曲の意図を拡大解釈して、酔っ払いがだんだんヘベレケになり、やがて寝
てしまい、最後に逆噴射(これは考えすぎか)するようなイメージを受けた。ドルフィの
傑作を、ユーモア溢れる解釈で見事に自己の傑作としたONJOに心から拍手を贈りたい。


『 Out To Lunch 』( Otomo Yoshihide's New Jazz Orchestra )
cover

1.Hat And Beard, 2.Something Sweet, Something Tender, 3.Gazzelloni
4.Out To Lunch, 5.Straight Up And Down ~ Will Be Back

Otomo Yoshihide(g,cond on 4), Axel Dorner(tp, slide tp), 
Aoki Taisei(tb,bamboo flute), Tsugami Kenta(as,ss),
Okura Masahiko(as,tubes on 1,3,5), Alfred Harth(ts,b-cl,tp,misc),
Mats Gustafsson(bs), Ishikawa Ko(sho on 2,4,5),
Sachiko M(sinewaves contact mic), Nakamura Toshimaru(no-imput mixing board on 5)
Unami Taku(computer on 1,5), Takara Kumiko(vib),
Cor Fuhler(p, inside piano), Mizutani Hiroaki(b),
Yoshigaki Yasuhiro(ds, per, tp)

Recorded : Jan 26, 2005
Released : Dec 12, 2005
Produced : Otomo Yoshihide & Numata Jun
Label    : doubtmusic
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