●プリンスの見事な60年代サウンドへのオマージュ

プリンスの音楽との出会いにについては、すでに何回か前にとりあげた。それは、1980年
代の多くの一般的な洋楽ファンと同様に『パープル・レイン』によるものであったが、ぼ
くが本当にプリンスの才能に注目というか、「こいつは只者ではないな」と思ったのが、
次に出たアルバム『アラウンド・ザ・ワールド・イン・ア・デイ』であった。このアルバ
ムの少し前の洋楽チャートというと、エア・サプライとかクリストファー・クロスとか、
ブラック・ミュージックを見てもクール&ザ・ギャングなど、午前中のFMラジオや朝の
テレビ番組などで流れてきそうな爽やかで軽めの曲が多かった。当時の日本のポップスを
見渡しても、ユーミンとかサザンとか松田聖子とか、世の中全体が爽やかで軽いサウンド
を求めていた時代だったのかもしれない。しかし、そのような時代にプリンスが放ったこ
のアルバムのサウンドは、まるで違っていたのである。

アルバムは、タイトル曲《アラウンド・ザ・ワールド・イン・ア・デイ》で幕を開ける。
笛のような奇妙な音で始り、プリンスの雄叫びとともに重たいドラムスにのせてインド音
楽風のサウンドが入ってくる。奇妙なサウンドとファンクが交わるこの曲は、プリンスに
よる”ワン・デイ・トリップ”への招待だ。始りかた、インド音楽風のサウンドとメロデ
ィ、”世界一周への案内”などのイメージから、《ストロベリー・フィールズ・フォーエ
ヴァー》から《マジカル・ミステリー・ツァー》にいたるビートルズのサウンドを思い起
こさせる。演奏も不可思議で、バックのドラムスは同じリズムを奏でているのだが、プリ
ンスが意図的かどうか”自然にズレて”入ってくるので、聴いていると実に奇妙な感覚に
なるのだ。しかしこのタイトル曲は実に見事にアルバム全体のムードを表現しており、ぼ
くを『パープル・レイン』の世界とはまったく異なった世界へいざなったのである。

80年代のシンセサイザーやコンピューター・ドラムの音が鳴り響くヒット・ポップスの中
で、それはとても心地良い誘いであった。見事にツボをつかまれたようなアルバムの導入
部に、ぼくはすっかり夢中になった。そしてプリンスに誘われるままに連れて行かれるの
が、2曲目の《ペイズリー・パーク》である。バイオリンが鳴り響くこの曲を聴きながら
アルバム・ジャケットに描かれた空を見ていると、60年代のアメリカのサイケデリック・
バンドのアルバム『イッツ・ア・ビューティフル・ディ』のジャケットやサウンドを思い
だす。そして、曲のタイトルの”ペイズリー”や『イッツ・ア・ビューティフル・ディ』
のイメージに、プリンスが60年代へのオマージュをこめてこのアルバムを創ったというこ
とを確信する。しかしサウンドは、どこかで聴いたことがあるようで、よく考えてみると
聴いたことがないオリジナルなものであった。そのことにまた戦慄を覚えたものだ。

ちなみに現在のCDのジャケットにはサイケデリック世代の文字でアルバム・タイトルが書
かれた風船を持った子供の姿が描かれているが、オリジナルのレコードには描かれていな
い。現在のCDでは見ることができないが、アルバム・タイトルは、見開きジャケット内側
のインナー・スリーヴの素場らしいペイント画(写真に彩色したもの)に、やはりサイケ
デリック世代の文字で60年代の缶バッチ風に描かれていた。ジャケットの明るい青空とイ
ンナー・スリーヴのカラフルなペイント画が、音楽と共振して頭の中のカラフルなイメー
ジを増幅させる。ちょうどそのような思いにいたったあたりで、エモーショナルで美しい
《コンディション・オブ・ザ・ハート》が鳴り響く。全てプリンスの手によって演奏され
ているそのサウンドに驚いていると、すかさずエッチでポップな必殺の《ラズベリー・ベ
レー》でぼくを完全にノックアウトさせたのである。

このアルバムの流れの見事さも、才能以外のなにものでもない。他にも、スライ&ザ・フ
ァミリー・ストーンをよりソリッドで鋭角的にしたようなファンク《タンバリン》、晩年
のジミヘンが目指していたファンク・ロックを推し進めたような《アメリカ》(ジミの晩
年の曲名である《フリーダム》と途中で歌っている)、《オー・ハッピー・ディ》などの
ゴスペル・ポップや60年代サザン・ソウルを彷彿とさせる《ザ・ラダー》など、ラヴ・ジ
ェネレーションを思い起こさせるサウンド・プロダクションの才能には驚くばかりであっ
た。その鮮度は驚くべきことに発表から20年以上たった現在でも失われてはなく、ぼくに
とっては、いまでも唯一繰り返して聴けるプリンスのアルバムだ。そしてプリンスが名曲
《ポップ・ライフ》で放った"But life it ain't to funky unless it's got that pop" 
というメッセージは、大人になったいまでも僕の心を捉えて離さないのである。

『 Around The World In A Day 』 ( Prince & The Revolution )
cover

1.Around the World in a Day, 2.Paisley Park, 3.Condition of the Heart
4.Raspberry Beret, 5.Tamborine
6.America, 7.Pop Life, 8.Ladder, 9.Temptation

Produced, Arranged, Composed, & Perfoemed By Prince & The Revolution
Composed Except 1(David Coleman,J.L.Nelson and Prince), 
8(J.L.Nelson and Prince) 

The Revolution
Dr.Fink (key), Wendy(elg,cho), Lisa Coleman(key,cho), 
Brown Mark(elb) Bobby.Z (ds) 

David Coleman(oud,fingercymbals & cho on 1,cello on 1,4&7),
Jonathan Melvoin(tamborine & cho on 1), Susannah(cho on 1&8),
Novi Novag(violin on 2,4), Suzi Katayama(cello on 4&7),
Brad Marsh(tamborine on 6), Sheila E.(ds on 7),
Sid Page(violin on 7), Marry Dictcrow Vaj(violin on 7),
Denyse Buffum(viola on 7), Larry Woods(viola on 7),
Tim Barr(stand-up bass on 7), Annette Atkinson(stand-up bass on 7),
Eddie M.(sax on 8,9)

Released : May,1985
Recorded : 1984?
Label    : Paisley Park
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