●あの時代のサウンドとメイク・ラヴ

強烈に時代を感じさせるサウンドというものがある。聴いているだけで、その時代の風景
が蘇ってくるようなサウンドだ。マリーナ・ショウがブルーノートLAで創ったヒット・
アルバム『フー・イズ・ディス・ビッチ・エニウェイ』は、そんなサウンドを持つアルバ
ムである。70年代半ばから、80年代初期に一世を風靡した、AORやフュージョンと呼ば
れた音楽のサウンド。個人的な思い出でいうと、現長野県知事が書いた小説「なんとなく
クリスタル」がベストセラーとなっていたころの、いまよりもほんの少しゆったりとして
いた東京の街の風景。そのときにこのアルバムを聴いていたというわけでもないのに、何
故だかそのような風景が蘇ってくる。このアルバムの音楽のサウンドは、そのようなイメ
ージを喚起する力を持っている。これはとても不思議な感覚だ。しかしそのサウンドは、
色褪せた写真のように古びたものではない。現在でも第一級のサウンドなのである。

アルバムの主役のマリーナは、録音当時32歳。ジャズの名門レーベルといわれたブルーノ
ートと契約して3作目のアルバムである。現在もバリバリの現役で活躍しているが、この
当時がもっとも歌手として勢いがあった時期ではないか。ブルーノートと契約する前は、
ビッグ・バンド・ジャズで有名なカウント・ベイシー・オーケストラの専属歌手であった
というだけの素場らしい歌唱力を披露している。ちなみにその前は、ウェザー・リポート
を結成する前のジョー・ザヴィヌルの代表曲《マーシー・マーシー・マーシー》を歌って
ヒットを出したこともあったというが、ニューヨーク近辺のプレイボーイ・クラブといっ
た場所でシンガーの仕事をしていたらしい。素場らしいサウンドをもったマリーナの代表
作『フー・イズ・ディス・ビッチ・エニウェイ』は、そのような経験をもつマリーナでな
ければ歌えないような曲《ストリート・ウォーキング・ウーマン》で幕を開ける。

この曲は、バーで飲んでいる”ソシアル・サービス”の仕事をしている女に、くたびれた
男が声をかけてくるダイアローグから始る。大都会で”ソシアル・サービス”の仕事をし
ながら一人で生きている女は、店を出てからもくどくど疎ましく絡んでくる男に捨て台詞
を言い放つ。そして颯爽とヒールの音を響かせて歩き去る。そこに絶妙なタイミングで、
音楽が入り込んでくる。この瞬間がカッコイイ。演奏しているのは、デヴィッド・T・ウ
ォーカー、ラリー・カールトン、チャック・レイニー、ハーヴィー・メイソンといった、
少しあとのフュージョン全盛時代のスター・プレーヤー達である。このサウンドが、たま
らないのである。16ビートと4ビートが交差する難しい曲だが、さすがのグルーヴ感なの
である。日本がまだジュリーの《危険なふたり》とか天地真理の《一人じゃないの》など
という時代にこのサウンドだ。なんというか、本場との格差を思い知らされる。

そして、続く《ユー・トート・ミー・ハウ・トゥ・スピーク・イン・ラヴ》こそ、ぼくに
とって冒頭で記した時代が蘇るサウンドの代表のような曲である。”人はそんなにいない
冬の都会の街から見上げた空”や”暖炉の熱い炎の光に照らされたムーディな部屋の中”
といった、”アダルト”なイメージが頭の中に広がる。某長野県知事の小説の悪影響か。
これこそまさにAORやフュージョンと呼ばれた音楽が華やかであった”あの時代”のサ
ウンド。しかしよくよく調べてみると、実は”あの時代のサウンド”を先取りしていたサ
ウンドだったということがわかる。こういうサウンドが流行するのも、某長野県知事の小
説が売れるのも、実はもうほんの少しあとの話なのだ。このアルバムが創られた1974年当
時は、もう少しハードなクロスオーヴァーと呼ばれた音楽がまだ主流であり、このアルバ
ムのようなメロウなサウンドは、まだまだ一般的でなかったのである。

そんなサウンドを持っているこのアルバムを有名にしたのが、4曲目に収録された《フィ
ール・ライク・メイキン・ラヴ》だろう。ロバータ・フラックのヴァージョンが有名なフ
ュージョン時代のスタンダード曲といえる有名な曲であるが、間違いなくこのマリーナの
ヴァージョンが、この曲の最も素場らしいヴァージョンだろう。包み込まれるようなフェ
ンダー・ローズ・ピアノの柔らかいサウンド。得意技のフレーズ連発の、デヴィッド・T
・ウォーカーのギター。素場らしいグルーヴを支えるハーヴィー・メンソンのドラムス。
これらの脇を固める後のフュージョン・シーンのスター・プレイヤー達の演奏も素場らし
いの一言だが、なんといっても主役のマリーナの素場らしいこと。メロウにグルーヴする
サウンドとメイク・ラヴしているような、セクシーなヴォーカルなのである。とにもかく
にも聴いてほしい。ガマンできなくなることうけあいだ。

『 Who Is This Bitch, Anyway? 』 ( Marlena Shaw )
cover

1.Street Walkin' Woman, 2.You Taught Me How To Speak In Love, 3.Davy,
4.Feel Like Makin' Love, 5.The Load Giveth And The Load Taketh Away,
6.You Been Away Too Long, 7.You, 8.Loving You Was Like A Party,
9.Prelude For Rose Marie, 10.Rose Marie(Mon Cherie)

Marlena Shaw(vo,p)
David T.Walker(elg), Larry Carlton(elg), Dennis Budmir(g), 
Larry Nash(elp), Mike Lang(p), Bill Mays(p)
Chuck Rainey(elb), Chuck Domanico(b),
Havey Mason(ds,per), Jim Gordon(ds), King Errison(conga)
Bernard Ighner(arr,p,b,flh), Byron Olson(arr), Dale Oehler(arr)

Produced : Bernard Ighner
Released : July 6, 1987
Label    : Blue Note
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