●緊張感と熱狂が交錯するプリンスの音楽

音楽の世界には、ときどき物凄い才能をもったアーティストが現れる。ボブ・ディラン、
ビートルズ、ブライアン・ウィルソン、スティーヴィー・ワンダー、マイルス・デイヴィ
スなど、楽器演奏や歌が上手いとか、いい曲を書くといったレベルを超越した、ミュージ
シャンの中でもほんの一握りといえる人達だ。その一握りの物凄い才能を持つアーティス
トのなかで、出現順に考えるといまのところその最後に位置するとぼくが考えているのが
プリンスである。プリンスの出現以来、少なくともぼくは彼を超える新しい才能には出会
っていない。プリンスの近年の音楽活動は、レコード会社との確執からインターネットで
の楽曲配信などが中心となっていたので、かつてのようにあまりマスコミに大きくとりあ
げられることはなくなった。しかしプリンスがブレイクした1980年代においては、その快
進撃ぶりには眼を見張らせるものがあった。

早くからプリンスに注目していたコアなブラック・ミュージックのファンを除くと、日本
の音楽ファンがプリンスの名前を知ったのは、おそらく大ヒットアルバムの『パープル・
レイン』であろう。このプリンスの自伝映画のサントラ・アルバムからは、1984年最大の
全米No.1ヒットとなった《ホェン・ダヴズ・クライ(邦題:ビートに抱かれて)》が生ま
れている。ぼくが初めて”動くプリンス”をTVでみたのもこの頃で、当時流行しはじめ
ていたMTV(ミュージック・ビデオばかりを流す番組)で、『パープル・レイン』のタ
イトル曲や《レッツ・ゴー・クレイジー》を演奏するプリンス&ザ・レヴォリューション
のライヴを観たことを憶えている。紫色の華麗な衣装をまとってステージに作られた高い
台の上に昇り、凄まじいテクニックでギターを弾くプリンスの姿は、忘れることができな
いオーラを確実に放っていた。

もしもプリンスのヒットが『パープル・レイン』だけであれば、物凄くギターの上手い黒
人ミュージシャンとして記憶に残るだけだったかも知れない。しかしプリンスは、エロテ
ィックでファンキーなロック・サウンドの『パープル・レイン』とは全く異なるサイケデ
リック・ポップ・サウンドをもったアルバム『アラウンド・ザ・ワールド・イン・ア・デ
イ』を放ち、ぼくを含めた60年代音楽ファンを驚喜させた。その後はラジカルなファンク
・アルバム『パレード』と続き、そして1987年にそれまでの総決算とでもいうべき2枚組
みの大作の『サイン・オブ・ザ・タイム』が発売されたのである。このアルバムが凄かっ
た。『パープル・レイン』から続く快進撃(本当はもっと以前のアルバムから続いていた
のだが)の後で、プリンスがさらにこんなに凄いアルバムを創ったことが信じられなかっ
た。そのとてつもない才能に、ぼくは完全にノックアウトをくらったのである。

『サイン・オブ・ザ・タイム』には、それまでにプリンスが発表してきた音楽のあらゆる
要素が詰め込まれていた。ヒット曲が少ない(シーナ・イーストンと共演した《ユー・ガ
ット・ザ・ルック》がMTVでよく流れてはいたが)アルバムなのに評価が割と高いのは
、見事な楽曲の流れとサウンド・プロダクションによるものであろう。実際にぼくがノッ
クアウトされたのも、この二つが大きな要因である。とくに収録された楽曲の流れは見事
で、ダブル・アルバムなのに一気に聴かせてしまうだけのパワーを持っている。例えば、
アルバムの幕を開ける緊張感に満ちた啓示的なタイトル・トラックから息をつかせぬロッ
クン・ロールの《プレイ・イン・ザ・サンシャイン》に突入し、セクシーでヘヴィーなハ
ウス・サウンドの《ハウスクェィク》と続いていく流れの見事さ。緊張と熱狂が交錯して
、それまでに聴いたことがなかったような感覚と興奮を覚えたものである。

そしてそれらの収録曲でプリンスが奏でるフレーズとサウンドは、こちらの予想を裏切り
続ける。詰め込みすぎず、楽器の腕をひけらかすこともなく、見事に緩急のあるサウンド
だ。このサウンド創りのセンスは、やはり天才的としか言いようがない。プリンス以外の
ミュージシャンでは、絶対にこんなサウンドやフレーズは思いつかないだろうと思わせる
ほどだ。ぼくがたまらないのは、そんな見事なサウンドと流れが一体となった《ザ・クロ
ス》から《アドア》である。ヘヴィーな《ザ・クロス》、緊張感と熱狂が交錯するファン
ク・ナンバー《イッツ・ゴナ・ビー・ア・ビューティフル・ナイト》が終わり、とろける
ような《アドア》が流れてきたときの解放感。来日したプリンスを観たとき、僕の前の席
の女性は、コンサートの最中にトロけてしまって本当にイッちゃてた。この才能溢れる時
期のプリンスの音楽には、それくらいのパワーが本当にあるのである。

『 Sign 'O' the Times 』 ( Prince )
cover

Disk1:
1.Sign 'O' the Times, 2.Play in the Sunshine, 3.Housequake
4.The Ballad of Dorothy Parker, 
5.It, 6.Starfish and Coffee, 7.Slow Love, 8.Hot Thing, 9.Forever in My Life

Disk2
1.U Got the Look, 2.If I Was Your Girlfriend, 3.Strange Relationship
4.I Could Never Take the Place of Your Man,
5.The Cross, 6.It's Gonna Be a Beautiful Night, 7.Adore

Produced, Arranged, Composed, & Perfoemed By PRINCE
Except Disk1-6(Prince and Susannah),Disk1-7(Prince and Carol Davis),
Disk2-5(Prince, Dr.Fink & Eric Leeds) 

Eric Leeds(All Saxphone), Atlanta Brith(All Trumpet) 
Susannah(backing voice), Lisa Coleman(backing voice), Wendy(elg, backing voice)  
Claire Fischer(strings arr on Disk1-7), Sheena Easton(vo on Disk2-1)
Jill Jones(lead voice on Disk2-6), Mico Weaver(lead g on Disk2-6),
Sheila,E.(ds,per on Disk2-1, per,transmississippirap on Disk2-6)
Greg Brooks, Wally Safford, Jerome Benton (backing voice on  Disk2-6)

Disk2-6 performed by Prince & The Revolution
Dr.Fink (key), Wendy(elg, back vo), Lisa Coleman(key,back vo), 
Brown Mark(elb) Bobby.Z (ds) 

Camille(Prince) (vo on Disk1-3, Disk2-1,2,3)

Released : July 6, 1987
Recorded : 1986-1987
Label    : Paisley Park
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