デヴィッド・サンボーンほど、多くの人の耳に届いているサックス奏者はいないのではな いか。サンボーンのレコードを1枚も持っていないというあなたでも、ローリング・スト ーンズ、ジョン・レノン、スティーヴィー・ワンダー、デヴィッド・ボウイ、ジェイムズ ・テイラー、イーグルス、リンダ・ロンシュタットなどのアルバムで、知らない間にサン ボーンの演奏を聞いているかもしれない。J−POP好きのあなたであれば、宇多田ヒカ ルの曲でサンボーンのサックスを聞いているだろう。とにかくそれくらいサンボーンとい う人は、いろいろな人のアルバムに参加している。このようなタイプのミュージシャンが 自分で創るアルバムは、えてして面白くない場合が多い。他人の音楽に合わせて印象に残 るフレーズをバッチリと決めるのがサンボーンのようなスタジオでひっぱりだこのミュー ジシャンの特徴なので、自分のアルバムとなると意外と記憶に残らないのである。 ではサンボーンの場合、やはり名演は他の人のアルバムに参加したときのものなのであろ うか。やはりマイケル・フランクスで決まりでしょう、いやいやエリック・クラプトンと の共演ライヴではないか、いやー吉田美奈子のアルバムではないの、ギル・エヴァンス・ オーケストラでジミヘンの曲を吹きまくるサンボーンが最高じゃない、フュージョン世代 といえばマイク・マイニエリとの《サラ・スマイル》じゃないのなど、いろいろな声が聞 こえてくる。確かにそれらの曲におけるサンボーンの演奏は素晴らしい。しかしサンボー ン一世一代の名演は、意外や自己名義のリーダー作にあるのである。1984年に発表したア ルバム『ストレイト・トゥ・ザ・ハート』のタイトル・トラックだ。この曲におけるエモ ーショナルなサックス・ソロだけで、サンボーンはぼくにとって忘れられないミュージシ ャンとなっているのである。 この『ストレイト・トゥ・ザ・ハート』というアルバムは、観客を前にしたスタジオ・ラ イヴだ。映像版も残っており、「ラヴ&ハッピネス」として発売されていたと記憶してい る。実をいうと、サンボーンのこの曲のパフォーマンスを最初に聴いたのは映像版を観た ときであった。80年代にピーター・バラカンさんがやっていたミュージック・ヴィデオを 流すTV番組で観たのである。ピーターさんが司会をしていたこの番組は、単にヒットチ ャートの上位のヴィデオを流すのではなくて、選ばれるミュージック・ヴィデオにピータ ーさんの音楽的嗜好がよく表れていた。サンボーンの《ストレイト・トゥ・ザ・ハート》 のヴィデオ・クリップも、単にヒット・チャートのヴィデオを流すだけのような番組であ れば流れることはなかったであろう。ピーターさんがなぜこのヴィデオを流したのかは、 サンボーン達の演奏を聴くとわかる気がする。とにかくソウルフルなのだ。 2分を過ぎたあたりからのサンボーンのソロ。これにつきる。これでもか、これでもかと ソウルフルに歌い、かつ泣きまくる。それをプッシュしまくるベースとドラムスのコンビ ネーションも凄い。バッチリと決まった重厚なリズムのコンビネーションで、サンボーン を煽りに煽る。それを受けるサンボーンも負けてはいない。確かこのパフォーマンスの映 像では、ソロを吹きまくるサンボーンのところにベーシストのマーカス・ミラーが寄って いくのだが、それを”腰で”はねとばしてソロを続けていたと記憶している(なんせ、ピ ーターさんの番組で1回だけ観た記憶で書いているので、詳細は違うかもしれない)。フ ュージョン・ミュージックというのは、FMの朝の番組でバックに流れていたり、お洒落 なカフェ・バー(死語ですね)でさりげなく流れているのにピッタリの音楽が多かったが 、このサンボーンのグループの演奏はBGMにはできない。それくらい燃焼度は濃い。 《ストレイト・トゥ・ザ・ハート》を作曲したのは、アルバムのプロデューサーでベース も担当しているマーカス・ミラーである。マーカスによる客観的な視点とお膳立てがあっ たからこそ、サンボーンも自己のアルバムで一世一代の名演が残せたのかもしれない。ま たこのアルバムは、同じくマーカス作の3曲目の《ラン・フォー・カヴァー》におけるマ ーカスのスラッピング・プレイによってベーシストからも注目度の高いアルバムである。 しかし《ストレイト・トゥ・ザ・ハート》のような曲のプレイこそ、ベーシストとして勉 強したほうが良いプレイだとぼくは思うのである。ショー・ケースのようなスラッピング も確かに凄いけど、音楽的にはだからなんなのという感じがあり、そこばかりに注目して ちゃ決して上手なベース・プレイはできないのですよ。ベーシスト諸君も、《ストレイト ・トゥ・ザ・ハート》のソウルフルなグルーヴ感を堪能してください。