●高柳昌行とアクション・ダイレクト

ギタリストのデレク・ベイリーが亡くなったそうだ。即興音楽のカリスマ的存在とまで言
われたベイリーの音楽の全容を僕は知らない。レコードやCDは何枚か持ってはいるが、
日頃ベイリーの音楽を好んで聴くとはいえない。それなのになぜベイリーのことから書き
始めたのかというと、ベイリーが亡くなったということを聞いてまっさきに頭に浮かんだ
のが高柳昌行(たかやなぎ・まさゆき)のことだったからだ。ベイリーと高柳とは、ギタ
リストであるということとインプロヴァイズド・ミュージックに心血を注いだという共通
点がある。ベイリーの音楽は正直言ってあまり好みではないのだが、高柳の音楽(コンセ
プトも含めて)は心にひっかかるものがある。実はこの年末にも、高柳のアルバム『アク
ション・ダイレクト』を聴きなおしていた。そんな矢先のベイリーの訃報だったので、ま
っさきに高柳のことが頭に浮かんだのかも知れない。

高柳昌行という人は、いわゆるジャズ・ギタリストだった人である。”だった”と過去形
で書く理由というのは、スタートこそいわゆるジャズ・ギターであるが、自己の概念的な
音楽世界を推し進めてとんでもない世界までいってしまった人だからだ。そのとんでもな
い世界ゆえ、一部の世界では神格化すらされているらしい。ぼく自身は、神格化するほど
高柳の音楽を知らない。それでも高柳のことがぼくの心にひっかかり続けているのは、実
は次のような体験があるからだ。あれは70年代後半の、新宿のライヴ・ハウスでのことで
あった。いつものように新宿をふらついていたぼくは、いつものようにジャズのライヴ・
ハウスに立ち寄った。たまたま立ち寄ったその日の出演は、高柳のグループだった。当時
のぼくは、高柳がそれまでどのような音楽をやってきたのかは全く知らず、人気絶頂だっ
たフュージョン・ギタリストの渡辺香津美の先生であったくらいの知識しかなかった。

高柳の演奏を聴くのは、そのときが初めてであった。店は空いていて、客は僕を含めて数
人だったと記憶している。やがて高柳のグループ(ギター、エレピ、ベース、ドラムス)
が演奏をはじめた。とたんに、ぼくはのけぞった。なんという大音量。その後、ヘヴィー
・メタルやパンク・ロックも含めていろいろなライヴを観たが、あれほどの爆音には遭遇
したことはない。そして音楽には、いっさいの”情”や”歌ごころ”がなかった。当時の
ぼくは、フリー・ジャズという音楽が世の中に存在していることも知っていたし、既に山
下洋輔トリオや富樫雅彦グループのライブも観ていた。しかし、高柳のグループの轟音に
は耐えられなかった。我慢できずに、数曲で席を立った。ライヴが始ったばかりだという
のに席を立つのはミュージシャンに対して失礼だとは思ったが、そのときのぼくは「なん
でジャズ・ギターの大御所がこんな騒音の音楽をやっているんだ」という気持ちだった。

その席を立ってしまったという事実が、高柳の音楽に対するひっかかりを残しているのか
も知れない。ミュージシャンが眼前で出している音楽を拒否して、自分のほうから離れた
ということは、その時が最初で最後である。それ以来、高柳の音楽には縁がなかったのだ
が、近年になって聴くようになった。その聴きなおすきっかけとなったのが、高柳が晩年
行っていた「アクション・ダイレクト」というソロ・パフォーマンスである。プロになっ
た当初は通常のジャズのフォームで演奏していた高柳は、60年代後半からメロディやリズ
ムを否定し、他の演奏者の演奏への感応を禁じたりして、自己の考える即興演奏を推し進
めてきた。そして辿り着いたのが、「アクション・ダイレクト」ということだ。このソロ
・パフォーマンスでは、終いには自らのメイン・インストゥルメンツであるギターを抱え
て演奏することもなくなったという。通常の楽器の演奏形態さえ否定したのだ。

正直、高柳の音楽を聴くにあたって、高柳が考えていた概念的な部分への興味が無いわけ
ではなかった。ギタリストの即興演奏家が、通常のギター演奏さえも拒否してどのような
即興演奏を繰り広げることができるのか。そしてそれは、”音楽”と呼べるものなのか。
高柳のアルバム『アクション・ダイレクト』は、そのような問いへの回答だ。「アクショ
ン・ダイレクト」という高柳のソロ・パフォーマンスは、ギター3台、複数のカセット・
レコーダー、様々なエフェクター、ミキサーなどを操って行われる。実際に奏でられたサ
ウンドを聴くと、その過激で荘厳な響きに驚く。電子音ばかりの現代音楽とは違う。自然
界の音のようでもあり、なつかしい町の音のようでもある。過激でノイジーな部分もある
が、うるさくはない。それは単なるサウンドではなく、まぎれもなく音楽であった。キン
グ・クリムゾンやブライアン・イーノあたりを好きな人にも、ぜひ薦めたい。

『 Action Direct 』 ( Masayuki Takayanagi )
cover

1.DKY Weather Alert, 2.Reaction, 3.Loop Road

Masayuki Takayanagi (electronics, guitars, tapes, handmade materials, etc)

Recorded Oct 5, 1985 Live At Zojoji Hall, Tokyo
Label    : Tiliqua Records
  
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