●ブライアン・ウィルソンの新作クリスマス・アルバム

スポーツでも音楽でも何でもそうだが、人が感動する瞬間というのは、その人の予想をは
るかに超えた素晴らしいプレイやパフォーマンスを見たり聴いたりしたときではないだろ
うか。少なくとも、ぼくはそうだ。ぼくが子供のころから音楽を聴き続けてきたのは、自
分がいまだ体験したことのない未知なる感動を音楽に求めていたからである。そのような
意味で、ブライアン・ウィルソンが創った数々の音楽は、素晴らしいメロディやハーモニ
ー、卓越したアレンジ、驚異的なプロダクション・ワークといった様々な要素で、ぼくに
数々の未知なる感動をもたらしてくれた。ブライアンの創ったそれらの音楽を聴いた後は
、「ブライアン・ウィルソンの素晴らしい音楽をたっぷり聴いた」という充足感に浸るこ
とができた。そして少し時間が経つと、ブライアンというアーティストの才能の凄さに改
めて驚き、感動がより大きなものとなっていったのである。

そんなブライアンの新作は、『ホワット・アイ・リアリー・ウォント・フォー・クリスマ
ス』というアルバムだ。タイトルから想像がつくとおり、いわゆるクリスマス・アルバム
である。『スマイル』の次はどのようなアルバムを創るのだろうと思っていたが、クリス
マス・アルバムとは上手いことを考えついたものだと思った。『スマイル』の世界から抜
け出して別の創造の次元にいくには、『スマイル』とは全く関係のないテーマがあったほ
うがよいだろうなどと考えていたからである。ブライアンは、ビーチ・ボーイズ時代に自
らのオリジナルとクリスマス・スタンダードを半分づつ収録した名作『クリスマス・アル
バム』をプロデュースしている。ブライアン・ウィルソンとして再度クリスマス・アルバ
ムにチャレンジするというのは、ブライアン自身が『スマイル』の次の新しい創造の段階
にいくには良いアイディアだと思った。

しかしアルバムがスマイル・ツァーの合間に制作されたのだということを知ったときに、
かつてのブライアンの音楽が与えてくれたような感動は期待できないだろうと思った。そ
れらの感動の多くは、ブライアンの音楽への関与の度合によるものであったからである。
ツァーの合間のレコーディングということは、曲作り、選曲、練習など、周到な準備を行
っていないと困難なはずだ。かつてのブライアンは、ビーチ・ボーイズのツァーから退く
ことによって、スタジオで全権を握って自らの音楽を創り上げた。従って、作曲も含めブ
ライアンの関与度合いはおのずと高かった。このアルバムはどうなのか。ブライアンのプ
ロデュースとアレンジとなってはいるが、おそらくはツァー・バンドの音楽監督的立場の
ダリアン・サハナジャを中心に準備・制作が行われたのではないかと思う。ブライアン的
世界を演出したような音楽と少ないオリジナル曲が、それを証明していると思うのだ。

アルバムは、ビーチ・ボーイズの『クリスマス・アルバム』に収録されていた《ザ・マン
・ウィズ・オール・ザ・トイズ》でスタートする。その他の曲は、ビーチ・ボーイズの『
クリスマス・アルバム』からのもう1曲のカヴァー《リトル・セイント・ニック》および
ブライアンの2曲のオリジナルを除いて、8曲がクリスマス・キャロルだ。構成はよく考
えられており、通して聴くとブライアン・バンドのクリスマス・スペシャル・コンサート
を聴いているような気分になる。後半の《クリスマジー》から南国風アレンジの《ひいら
ぎ飾ろう》まで盛り上がり、最後にアカペラの《蛍の光》で締める構成は、このアルバム
のとおりにライヴ演奏することを想定してのものだろう。アルバムの全ての曲のパフォー
マンスは見事なものであるが、多くの曲はブライアン・ウィルソン的な世界というレベル
に留まってしまっている感は否めない。それではこのアルバムには感動はないのか。

やはり一番の聴きどころであり感動をもたらしてくれるのは、ブライアンの創ったオリジ
ナル・ナンバーだ。80年代風の爽やかな《クリスマジー》もよい曲だが、やはりアルバム
・タイトルになった《ホワット・アイ・リアリー・ウォント・フォー・クリスマス》が素
晴らしい。まるで、ブライアン屈指の名曲《ラヴ・アンド・マーシー》のクリスマス版で
はないか。冒頭のコーラス部分は愛と慈悲心に溢れ、また最初のソロ・アルバムに収録さ
れていた《ワン・フォー・ザ・ボーイズ》を思い起こさせる。ブライアンの声のツヤも良
い。作詞家バーニー・トーピンの書いた歌詞も、メロディによくフィットしている。この
曲でブライアンが何を伝えたいのかを考えながら聴いていたら、不覚にも落涙してしまっ
た。現在を生きる現役のアーティストだからこそ歌える、クリスマス・ナンバーだ。この
アルバムは、ズバリこの曲が収録されていることで語り継がれていくであろう。


『 What I Really Want For Christmas 』 ( Brian Wilson )
cover

1.The Man With All The Toys, 2.What I Really Want For Christmas
3.God Rest Ye Merry Gentlemen, 4.O Holy Night, 5.We Wish You A Merry Christmas
6.Hark The Herald Angels Sing, 7.It Came Upon A Midnight Clear, 8.First Noel,
9.Christmasey, 10.Little Saint Nick, 11.Deck The Halls, 12.Auld Lang Syne

+ Bonus Track

13.On Christmas Day, 14.Joy To The World, 15.Silent Night

Brian Wilson(vo,p), 
Jeffery Foskett(vo,g,sleigh bells),Darian Sahanaja(vo,p,org,vib,glockenspiel),
Scott Bennett(vo,p,org,vib,glockenspiel),Nicki "Wonder" Walusko(vo,g),
Probyn Gregory(vo,g,frenchhorh,flugelhorn,tp),Paul Von Mertens(sax,fl,harmonica),
Bob Lizik(b),Jim Hines(ds),Nelson Bragg Jr(vo,per),Taylor Mills(vo)

John Yoakum(bs,oboe),Robbie Hioti(tb,bass-tb),Carol Robbins(harp),
Peter Kent(vl),Sharon Jackson(vl),Karen Bakunin(viola),Erika Kirkpatrick(cello)

Produced and Arranged by Brian Wilson
Additional String and Horn Arrangements by Paul von Mertens
Mix Produced by Brian Wilson and Darian Sahanaja

Recorded : April/May 2005 at Ocean Way Recording, Hollywood, California
Label    : Arista
  
※上記のイメージをクリックすると、Amazonにて購入できます