ポール・マッカートニーほど、世間一般から一面的な見方をされている人もいないのでは ないだろうか。”ポールの創る曲は、甘ったるい”とか、”ポールの曲は保守的なポップ ソングばかり”とか、ひどいのになると”ポールはロックじゃない”なんていわれたりも する。いずれも、《イエスタデイ》や《レット・イット・ビー》などの超有名曲のイメー ジからくる偏見である。経験的に言うと、多少音楽に詳しい人ほどこのような発言をする ことが多い。その理由は、彼らがロックを聴き始めた頃に最初に出会うロックがほぼ間違 いなくビートルズであり、その中で一番耳憶えが良い曲が、ポール作の《レット・イット ・ビー》などの超有名曲だからであろう。彼らが、その後いろいろなロックに出会って詳 しくなるほど、「ビートルズ?、《レット・イット・ビー》?、ガキだねガキ。やっぱロ ックはストーンズでしょ」的な発言を繰り返すようになるのである。 ではポールを認めている人がポールの音楽をきちんと捉えているのかというと、これがま た一面的な捉え方をしている人が多いのだ。例えば、”20世紀最高のメロディ・メイカー ”といった捉え方である。この捉え方は、決して間違いではない。恥ずかしながら、ぼく もポールに対しては同じ様な捉え方をしていた。ソロになってからのポールは、『オール ・ザ・ベスト』のような編集盤でヒット曲を楽しむのが良いと思っていたのである。しか し、ポールというミュージシャンはもっと奥深い。物凄く多面的な才能を持ったミュージ シャンである。あまりにも多才なため、なんでもさらりとやってのけてしまう。そのため 、凄さに気がつきにくいのだ。ついつい知ってるつもりのまま、月日が経ってしまうので ある。そう、上記に書いたことは、全部ぼくにもあてはまっているのだ。それを強く感じ たのは、最近『ウィングス・オーヴァー・アメリカ』を聴きなおしたからなのである。 ウィングスは、ビートルズ解散後にポールが結成したバンドで、『ウィングス・オーヴァ ー・アメリカ』はウィングスの1976年の全米ツァーのライヴ盤である。アナログLPレコ ードでは3枚組み。発売当時は自分で買えなくて、友達が買ったのをテープに録音しても らって聴いていた。当時は、ヒットしていた《シリー・ラヴ・ソング(邦題:心のラヴ・ ソング)》や《リスン・トゥ・ホワット・ザ・マン・セッド(邦題:あの娘におせっかい )》ばかり聴いていた気がするが、いまになって聴き返してみると、このアルバムほどポ ールの才能と最高のパフォーマンスをパッケージしたものはないのではないかと思えてく るのである。《バンド・オン・ザ・ラン》などのウィングスのヒット曲や、バラードの《 メイビー・アイム・アメイズド》などの”目に付きやすい”ポールの一面は勿論だが、こ のアルバムでなんといっても凄いのが、ロックンローラーとしてのポールである。 冒頭の《ヴィーナス・アンド・マース》から怒涛の《ロック・ショー》を経て《ジェット 》にいたるメドレーは、コンサートの最初からいきなりクライマックスに持っていってい るようなものだ。この当時でも、いまでも、ベースという楽器を演奏しながらこれだけシ ャウトできるミュージシャンがいるだろうか。この時代のポールのヴォーカルは、なんと もいえない魅力的な”ザラつき感”があり、ロックンローラーとして最高のヴォーカルな のである。その”ロックな”ヴォーカルは、《ロック・ショー》のようなロックンロール のみならず、R&B調の《コール・ミー・バック・アゲイン》や大甘バラードの代表と誤 解されがちの《マイ・ラヴ》や《メイビー・アイム・アメイズド》のような曲でも、もの 凄い説得力で迫ってくる。そしてアンコールのセクシャルな《ハイ・ハイ・ハイ》で、大 爆発するのである。ロックンローラーのポールとしての、圧倒的なパフォーマンスだ。 さらに言えば、バンドリーダーとしての才能も見落としがちな部分である。ポールは、ビ ートルズの影を引きずりながら、ウィングスをここまでプロフェッショナルな演奏ができ るバンドにしたのだ。素人同然だった妻のリンダは攻撃の的にされたが、ぼくはリンダの 声が入ったウィングスのサウンドがけっこう好きなのである。アコースティック・セット で演奏されている名曲《ブルー・バード》(こういう曲を、さらっと創ってしまうところ もポールの才能)のコーラスなんて見事だ。この当時のウィングスはプロフェッショナル な演奏ができる最強のバンドであり、だからポールも自信を持って、ウィングスとしてビ ートルズ・ナンバーを演奏できたのであろう。ポールのソロ作品の中であまり話題にあが ることのない『ウィングス・オーヴァー・アメリカ』だが、ヒット曲の集大成的な裏にあ るポールの多面的な才能に気がつくと、圧倒的なスケール感で迫ってくるアルバムである。