エリック・クラプトン、ジェフ・ベック、ジミー・ペイジの3人は、かつてロック3大ギ タリストと呼ばれていた。誰がそのように呼んだのかは知らないが、この3人はヤードバ ーズという同じバンドに在籍していたという共通点がある。この3人の中で誰が好みなの かとぼくが尋ねられたとすると、躊躇なく「ジェフ・ベック!」と答えるだろう。ハード でソリッドなギターの音色と鋭角的なフレーズ。ジェフ以外のギタリストで、ジェフのギ ターに相当する”ソリッドで鋭角的なヴォイス”を持っている人はいない。かつてジェフ は”アルバムを2枚作っては、バンドを解散する男”と呼ばれていたが、常に自分自身の ”ギター・ヴォイス”に相当する新しいサウンドを求めてのことと推測する。そのギター 奏法は現在では孤高の領域に達しつつあるが、”ソリッドで鋭角的なヴォイス”という一 番の特徴は昔から変わらないのである。 ジェフの主要な音楽歴はヤードバーズに始り、ロッド・スチュワートと現在はローリング ・ストーンズのメンバーとなったロン・ウッドを擁した第一期ジェフ・ベック・グループ 、ソウル、ファンクに接近した第二期ジェフ・ベック・グループ、ヴァニラ・ファッジの ティム・ボガードとカーマイン・アピスとのパワー・トリオのベック、ボガード&アピス 、ヤン・ハマーやスタンリー・クラークといったクロスオーバー系ミュージシャンとのコ ラボレーション、そして最近のデジタル路線へと続いていく。全ての時期において「カッ コイイ!」アルバムを作っているジェフだが、ヤードバーズと第一期ジェフ・ベック・グ ループの間に、非常に短期間ではあるがソロ・シングル期がある。文字どおりバンドには 在籍せずに、ソロ契約を結んでシングル盤を発表していた時期というのが存在するのであ る。実はこのソロ・シングル期に、ブリティッシュ・ロックの珠玉の名曲があるのだ。 その曲は、《アイヴ・ビーン・ドリンキング》という曲である。ジェフ・ベック3枚目の ソロ・シングルのB面にひっそりと収録されていた名曲だ。A面は、なんとポール・モー リアの大ヒット曲《ラヴ・イズ・ブルー(邦題:恋は水色)》のインストゥルメンタルに よるカヴァーである。このような超有名曲(ポール・モーリアの演奏は、日本でも当時の ラジオで頻繁に流れていた)をジェフがやった背景には、クリームの成功によって”ギタ ーの神様”と呼ばれるようになったエリック・クラプトンの存在があったと推測する。エ リックは、ヤードバーズでジェフの前任ギタリストであった。”エリックに負けないだけ の名声の獲得”ということがジェフの脳裏をかすめたのではないか。ソロ・シングルがそ こそこヒットしただけに、《ラヴ・イズ・ブルー》の大ヒットで一気にスターへの道を狙 うというプロデューサーの戦略にのったと考えられなくもない。 しかしそうした事情とはまったく無関係に、《アイヴ・ビーン・ドリンキング》は堪らな い。冒頭のロッドによる「アーッ!」という切ない第一声から始り、美しいニッキー・ホ プキンスのピアノにのせたメロディ、間奏のジェフの”このフレーズしかない”というギ ターと全てが最高である。曲調は完全にパーシー・スレッジの大ヒット曲《ホェン・ア・ マン・ラヴズ・ア・ウーマン(邦題:男が女を愛するとき)》からインスパイアされたも のであろう。しかしジェフ・ベック・グループ+ニッキー・ホプキンスの演奏は、《ホェ ン・ア・マン・ラヴズ・ア・ウーマン》には存在しない美しい情感を出す事に成功してい る。ロッドのヴォーカルも、サム・クックの影響が見受けられる。つまり《アイヴ・ビー ン・ドリンキング》という曲には、サム・クックやパーシー・スレッジといったソウル・ ミュージックの要素が上手く盛り込まれているのである。 シングル期のジェフは、A面はプロデューサーのミッキー・モーストに従ったポップな方 向、B面は自分のやりたいことというように区分けをしていたのではないか。1枚目のシ ングル《ハイ・ホー・シルヴァー・ライニング》のB面では、ラベルのボレロにインスパ アされたジミー・ペイジ作曲およびプロデュース!の《ベックス・ボレロ》。2枚目のシ ングル《ターリー・マン》のB面では、B.B.キングの《ロック・ミー・ベイビー》の 改作《ロック・マイ・プリムソウル》。そして《アイヴ・ビーン・ドリンキング》である が、このようなB面曲のラヴェル、モダン・ブルース、ソウル・バラードという流れを見 れば、その後のジェフがモータウン、ファンク、クロスオーヴァーと前進していったのも ごく自然なことだったのだと感じるのである。とにかく、究極のブリティッシュ・ソウル ・バラードといって良い《アイヴ・ビーン・ドリンキング》。ぜひ聴いて下さい。