●ジム・ホールの”アランフェス”の心憎い演出

日本人の一部の層というのは、昔からソフトなものを”フンッ”と鼻であしらう傾向があ
るようである。いや日本人に限らないのかもしれない。ジャズの巨人のチャーリー・パー
カーやクリフォード・ブラウンだって、”ウィズ・ストリングス”といったレコードを作
ったときは”コマーシャルだ”とやいのやいの言われたという逸話が残っている。しかし
コマーシャルな要素を上手く取り入れて、優れたジャズのレコードを制作していたプロデ
ューサーもいる。クリード・テイラーがそうだ。テイラーの凄いところは、スタン・ゲッ
ツの一連のボサノヴァのレコードや、ウェス・モンゴメリーの傑作アルバムで大きな成功
を収めながらも、そこに留まることなく、新しい要素と古いメイン・ストリーム・ジャズ
の要素を上手く融合させた質の高い作品を作り続けたところにある。今回紹介するギタリ
ストのジム・ホールの『アランフェス協奏曲』のそのような1枚である。

アルバムのスタートは、快活な《ユード・ビー・ソー・ナイス・トゥ・カム・ホーム・ト
ゥ》だ。ヘレン・メリルの歌で日本でもCMに使用されたことがあるので、ジャズを普段
聴かない人でもメロディを知ってる人が多い曲であろう。主役のホールが斬新なラインの
ソロで快調に飛ばす。ソロの2コーラスめでは、必殺のフレーズも炸裂している。そして
アルト・サックスのデズモンドが左側からフワーっと現れる。デズモンドとホールは、60
年代に一緒にグループを組んでいたことがあるので、ある意味では再会セッションだ。ジ
ャズ・ファンを喜ばせるテイラーの心憎い演出である。そしてデズモンドのソロの2コー
ラスで、右側からチェット・ベイカーのトランペットがデズモンドを追うように入ってく
る。二人とも50年代に人気のあった白人ジャズ・プレイヤーであるが、テイラーはこの2
人のおそらくレコード上の初共演をまたしても何気なく演出しているのである。

2曲目は、このアルバムが初共演だったベイカーを想定したホールのオリジナルである。
この曲はデズモンドとピアノのローランド・ハナが抜けたカルテットで演奏されるが、ホ
ールが弾くラインとハーモニーの斬新さにはいまだに驚いてしまう。バックで盛り上げる
ドラムスのスティーヴ・ガットも凄い。初めてこの演奏を聴いたときは、「なんて斬新な
フォー・ビートなんだ」と思ったものである。テーマ部分はベースのロン・カーターとの
ユニゾンとなり、2人がかつて制作したデュオ・アルバムを思い起こさせる。このような
ジャズ・ファンを喜ばせる要素を巧みに盛り込みながら、当時は新進のドラマーで現在で
はエリック・クラプトンとツァーをするまでになったガットを絡ませるところなどはテイ
ラーならではの才覚と言える。そしてテイラーはコマーシャルなものに敏感な才覚も持っ
ている人なので、単にジャズ・ファンを喜ばせるだけには終わらないのである。

その最たる曲が、オリジナルLPレコードではB面全てを使った《アランフェス協奏曲》
だ。テイラーが率いていた当時のCTIレーベルは、クラシックを題材にした”フュージ
ョン”ミュージックを数多く制作していた。思いつくままにあげてみても、フルート奏者
ヒューバート・ロウズの『春の祭典』、キーボード奏者でアレンジャーでもあるボブ・ジ
ェームズの『はげ山の一夜』、アレンジャーのデオダードの『ラプソディ・イン・ブルー
』など多くのアルバムがある。ホールのアルバムもそのような1枚といえるが、耳憶えの
あるクラシックを上手く取り入れたこれらのアルバムは、結果としてコアなジャズ・ファ
ン以外の購買層にもアピールすることになったようだ。『アランフェス協奏曲』発売後に
行われた日本におけるホールのコンサートでは、通常のジャズのコンサートに比べて女性
客の姿が多かったそうである。

そのような”ジャズを聴いてみたくて”という女性にアピールしていた《アランフェス協
奏曲》であるが、アルバムでは有名なメロディをさらっと合奏するのみである。このよう
なアレンジとした気持ちはわからなくもない。ジャズの世界では、既にマイルス・デイヴ
ィスとギル・エヴァンスが残したこの曲の決定版とでもいうべきヴァージョンがあり、ま
ともに対抗してもそのヴァージョンを上回る演奏は難しいと思われるからである。テイラ
ーは、ビートルズの傑作《ア・デイ・イン・ザ・ライフ》をウェス・モンゴメリーの同名
アルバム用に”さらっと”アレンジした編曲者ドン・セベスキーを起用して、ウェスのア
ルバム同様に”さらっと”したアレンジに仕上げている。その結果、ムーディーでスムー
スな《アランフェス協奏曲》となり、事実のこのレコードは、女性とのムーディな場面を
盛り上げるのに最適なため売れたのではとも思えるのである(考えすぎか!)。

そのムーディな雰囲気を醸し出しているのが、ロン・カーターの弾くヘヴィーなベース・
ラインに導かれて始る各自のソロ演奏のパートだ。このパートのリズムは原盤の解説によ
るとタンゴをヒントにしたと書いてあるが、ボサノヴァのようでボサノヴァでないなんと
も心地良い快感がある。このパートの心地良い雰囲気に導かれて、おそらくギタリストの
パット・メセニーは後に自作の《アー・ユー・ゴーイング・ウィズ・ミー》を作曲したの
ではないか。そしてそれをさらに井上陽水が、安全地帯がヒットさせた《ワインレッドの
心》をセルフ・カヴァーした際に転用している。ホールの《アランフェス協奏曲》は、巡
り巡って我が日本で《ワインレッドの心》の哀感へと転化したわけである(そんなバカな
!)。そのような聴きやすい『アランフェス協奏曲)』ではあるが、テイラーの仕掛けた
心憎い演出に気がついていくと、また違った魅力を放つようになるアルバムなのである。
『 Concierto 』 ( Jim Hall )
cover

1.You'd Be So Nice to Come Home To, 2.Two's Blues, 3.The Answer is Yes,
4.Concierto de Aranjuez

Jim Hall(elg,g), Chet Baker(tp), Paul Desmond(as),
Sir Roland Hanna(p), Ron Carter(b), Steve Gadd(ds),

Arranged and Conducted by Don Sebesky

Recorded : April 16 & 23,  1975 at Van Gelder Studios Englewood Cliffs, New Jersey 
Produced : Creed Tayler
Label    : CTI
  
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