●サウンドの質感を楽しむアルバム

楽器を自分で弾く人というのは、概ね自分の弾いている楽器と同じ楽器を奏でるプレイヤ
ーの演奏をよく聴いている。例えばギター、ベース、キーボード、ドラムスといったバン
ドがあったとする。このバンドの音楽を楽器を弾く人に聴いてもらったとすると、殆どの
場合はギターを弾く人はギタリストの演奏に、ドラムスを叩く人はドラムスの演奏に注目
して聴いている。ぼくも自分で楽器を弾くが、ぼくにはこのような聴き方ができない。楽
器を弾く友人と会話をすると、「この演奏のこの部分の**のプレイが凄いんだよ」とい
った言葉をよく聞く。この友人達のように、楽器を自分で弾く人は同じ楽器を弾くプレイ
ヤーの演奏に感動して、自分もこのように弾いてみたいと思う一心でコピーをして、次第
に楽器が上達していくのであろう。それはそれで、十分理解できる。しかし僕の場合は、
そのようにして聴いた音楽というのは、あまり心に残らないのだ。

そもそも特定の楽器に着目して聴いても、どうしてもサウンドの総体として耳に入ってく
るのである。例えばギター・ソロの部分を聴いていても、バックの演奏も含めた音色や音
圧と、演奏全体のカラーのような総体的なものとして音楽が入ってくるのである。上手く
言えないのだが、マイルス・デイヴィスが昔インタビューで似たようなことを言っていた
ことがあった。70年代のエレクトリック・バンド時代のマイルスであるが、バンド・メン
バーがそれぞれどのような演奏をしているかステージの上で独立して聴こえるというよう
な発言だったと記憶している。つまりマイルスの耳には、誰かバンドメンバーがソロを行
っているときでも、他のメンバーがその後ろでどのような演奏をしているのかが”ソロイ
ストの演奏と同様のレベルで”聴こえているのだと思ったのである。マイルスを引き合い
に出すのもおこがましいのだが、これで意図するところは伝わるだろうか。

これから紹介するアルバムをプロデュースしたクリード・テイラーという人も、同様の感
覚を持っている人のように思える。アルバムは、ギタリストのジョージ・ベンソンの『ビ
ヨンド・ザ・ブルー・ホライズン(邦題:青い地平線)』。ジョージ・ベンソンは、70年
代後半の《マスカレード》の大ヒットで単なるジャズ・ギタリストを超えた存在になって
しまったが、ソウルフルでテクニカルなジャズ・ギタリストという側面を持ったミュージ
シャンである。しかしクリード・テイラーは、ある意味でベンソンのテクニックを制限す
ることでサウンドの質感そのものをプロデュースしている。もちろんギターを弾く人がこ
のアルバムを聴いた場合に、ベンソンのテクニカルなギターに耳を奪われるような部分も
残してはある。しかしぼくには、どうしてもアルバム全体のサウンドの質感のほうが、強
く伝わってくるのだ。

クリード・テイラーが自分の会社CTIの作品としてプロデュースした作品には、この質
感を持つ作品が多く見受けられる。どのプレイヤーの演奏にも、プレイヤーが本来持って
いる個性にベールをかけるような感じで、最終的にクリード・テイラーのサウンドになる
魔法がかかっているのである。この質感が、実はぼくにはたまらない。言葉で表すのは難
しいが、敢えて言うならば”早朝の人影のない街に漂う、朝靄のようなサウンド”とでも
言おうか。カラカラに明るい音でも、ブルーノート(エンジニアは同じルディ・ヴァン・
ゲルダーなのに)のようないかにもジャズといった音でもない。このサウンドの質感に身
を浸らせたくて、ついついこのアルバムを手にとってしまうのである。したがってぼくが
聴くのは、ジャズ・ギタリストとしてのベンソンをフィーチャーしたマイルス・デイヴィ
ス作の《ソー・ホワット》ではない。2曲目から4曲目なのである。

ルイス・ボンファのボサノヴァをジャズ・ロック風に料理した《ジェントル・レイン》、
ソウル風の《オール・クリアー》、そして《オード・トゥ・クドゥ》である。どの曲も、
クリード・テイラーならではのサウンドの質感を持っている。聴くべき、楽しむべきは、
ベンソンのギターでもディジョネットのドラムスでもなくこの質感なのだ。演奏面でこの
質感作りに一役かっているのは、ベースのロン・カーターの飛び道具のピッコロ・ベース
である。慣れるまではキリキリ、キリキリこうるさいハエが飛び交っているみたいだが、
慣れてくるとサウンドにしっかり溶け込んで、これが無いと物足りないくらいの存在とな
るのである。したがってぼくがこのアルバムを聴いて”凄い”と思うのは、主役であるベ
ンソンのギターではなくこのサウンドの質感であり、それをプロデュースしたクリード・
テイラーの才能なのである。
『 Beyond The Blue Horizon 』 ( George Benson )
cover

1.So What,2.Gentle Rain {From the Gentle Rain},
3.All Clear,4.Ode to a Kudu,5.Somewhere in the East

+ Bonus Track

6.All Clear [Alternate Take],7.Ode to a Kudu [Alternate Take][*],
8.Somewhere in the East [Alternate Take][*]

GEORGE BENSON(elg), CLARENCE PALMER(vo,org,p), RON CARTER(b,piccolo-b)
JACK DEJOHNETTE(ds), MICHAEL CAMERON(per), ALBERT NICHOLSON(per)

Recorded : Feb, 1971
Produced : Creed Taylor
Label    : CTI
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