かつてジョン・レノンは言いました。「もし君がロックンロールにもうひとつの名前をつ けるとしたら、きっとこう呼ぶだろう。”チャック・ベリー”と」。このジョン・レノン の言葉が、チャック・ベリーの音楽を象徴しています。エリック・クラプトンも「ギター を持ってアップテンポの音楽を演奏すれば、結局はチャックの物真似になる」と語ってい ます。レノンやクラプトンが語っているとおり、ロックンロールという音楽の中でチャッ ク・ベリーの名前は避けてとおることができません。ビートルズも、ローリング・ストー ンズも、ビーチ・ボーイズも、みんなチャック・ベリーの曲をプレイしています。チャッ ク・ベリーがいなかったら、おそらく現在のポップスやロックの世界は違ったものになっ ていたと思います。ロック・ギターの演奏の仕方も、全く異なっていたかもしれません。 今回は、そのチャック・ベリーのデビュー曲の《メイベリーン》です。 《メイベリーン》はチャック・ベリーのデビュー・シングルです。1955年のR&Bチャー トでは、なんと11週も1位をキープしていたそうです。ポピュラー・チャートでも、ヒッ トしてベリーの名前を一躍高めました。良く言えばワイルドな、悪くいえば粗雑な感じの ベリーのギターからスタートするこの曲は、”ズンチャ、ズンチャ”というリズムのせい かロックンロールという印象とは異なる感じを受けます。それもそのはず、この曲は1930 年代の後半から1950年くらいまでに人気のあったウェスターン・スィングの王者ボブ・ウ ィルズがヒットさせた《アイダ・レッド・ライクス・ザ・ブギー》という曲を下敷きにベ リーが創ったものだからです。ベリーは当初この曲に《アイダ・レッド》という曲名をつ けていましたが、ベリーと契約したチェス・レコードの意向で《メイベリーン》と改題し たそうです。なんでも、そばにあった化粧品の名前がヒントになったとか。 ここで注目したいのが、ベリーがボブ・ウィルズのヒット曲を元にこの曲を創ったという ことです。ウェスターン・スィングという音楽は、テキサス地方で誕生した音楽で、ヒル ビリー(カントリー)にジャズやハワイアンやブルースをミクスチャーさせた音楽です。 ベリーの音楽にも、カントリーやブルースなどの混成の要素が見受けられますが、ベリー がウェスターン・スィングを聴いていたということで納得がいきます。《ロック・アラウ ンド・ザ・クロック》をヒットさせた白人のビル・ヘイリーも、ウェスターン・スィング のスターになりたかったといわれています。このことからも、ロックンロールのルーツの 一つにウェスターン・スィングという音楽があることは間違いなさそうです。またウェス ターン・スィングという音楽では、ギターやスティール・ギターが大きくフィーチャーさ れていました。ベリーのギター・プレイも、そのことと無関係ではないと思います。 デビュー前のベリーは、若いころからクラブ・サーキットまわりをしていたそうです。お そらくその時代に、隆盛を極めていたウェスターン・スィングから自分の音楽への大きな ヒントを得たのではないでしょうか。プレスリーが黒人のR&B《ザッツ・オール・ライ ト》を歌ったときに新しい何かが生まれたように、白人の音楽のウェスターン・スィング を元にした音楽を黒人のベリーが演奏したときに新しい何かが生まれた。その新しい何か を、クラブ・サーキット周りの中で培われたベリーのパフォーマーとしての感覚が逃すこ とがなかったのではないでしょうか。”ウェスターン・スィングを元にした音楽をやると 受けが良い。この曲をレコードにして売れば、もっと人気がでるのではないか”、そのよ うな”ビジネス的な才覚”にも似た感覚を、クラブ・サーキットまわりをしていたベリー は持っていたような気がします。 ベリーのアイドルは、マディ・ウォーターズだったそうです(《メイベリーン》のカップ リングは、エリック・クラプトンもカヴァーしたブルース《ウィー・ウィー・アワーズ》 です)。デビュー当時には30歳を超えていたベリーがただのブルース・マンを目指さなか ったのは、ビジネス的なものも含めたベリーの優れた感覚があったような気がします。カ ントリー・ライクな曲調(白人チャートで受けやすい)の《メイベリーン》には、そのよ うな感覚が見え隠れしています。しかし《メイベリーン》の中盤のテンポの速い歌いまわ しには、それ以前の音楽には聴くことのできなかった明らかに新しい感覚があるのです。 そして歪んだサウンドによる、ベリーのギター。ロック・ギター奏法の一つ、チョーキン グも既に使用しています。《メイベリーン》に聴ける新感覚と斬新なギター・サウンドは 、ロックンロールが新しい段階に入ったことを語りかけているようです。