●ポップな時期のポップなジャズ・ギター

今からちょうど40年前。1965年という年には、明るいイメージがある。60年代後半の様々
な問題、例えばベトナム戦争、学生運動、サイケデリック・ドラッグといった、60年代を
象徴するものが登場する前の、明るいポップな時代というイメージだ。この時期の音楽を
見ても、バーズ、ハーマンズ・ハーミッツ、フォー・トップス、マンフレッド・マンなど
のポップなロックがめじろ押しである。ビートルズでいうと《ヘルプ》だし、ビーチ・ボ
ーイズは《カリフォルニア・ガールズ》や《ヘルプ・ミー・ロンダ》だ。これらの音楽は
、1965年という時代を反映しているような共通の明るい香りを持っている。これから紹介
する大好きなギタリストのグラント・グリーンがこの時期に制作したアルバムも、明るい
ポップなアルバムとなっている。録音が、1965年という時期のせいなのだろうか。ブルー
ノートの作品にしては、珍しくポップな雰囲気を持ったアルバムなのである。

そのアルバムは、『アイ・ウォント・ホールド・ユア・ハンド』というアルバムだ。ん?
どこかで聞いたことのある曲名ではないかと思った人も多いのでは。そう、ビートルズの
大ヒット曲《アイ・ウォント・ホールド・ユア・ハンド》のことである。メンバーは、”
オルガンのコルトレーン”などという怖い代名詞がついているラリー・ヤングと、実際に
コルトレーンのグループで長い間レギュラー・ドラマーであったエルヴィン・ジョーンズ
である。この時期、グラント・グリーンはこの2人とレギュラー・グループを組んでいた
ようだ。おそろしいことに、”コルトレーンについて語ろう”などという題名をつけたア
ルバムも発表している。それが一転して、ビートルズである。そのコマーシャル性から、
ハードコアなジャズ・ファンの間では、このアルバムはあまり評価が高くないらしい。と
ころがどっこい、このアルバムはとても素晴らしいアルバムなのである。

このアルバムには、上記メンバーの他にサックス奏者のハンク・モブレーが入っている。
ブルーノートを影で支えた代表的なミュージシャンの一人といっても過言ではないモブレ
ーの参加が、このアルバムの音楽を聴き応えのあるものにしているのだ。2曲目のクルト
・ワイルの傑作《スピーク・ロウ》を聴いてみよう。なんとハード・ドライヴィングなジ
ャズなのか。モブレーもグリーンも熱演である。モブレーのソロの最中なんて、グリーン
かヤングのどちらかが、思わず二度までも”オッオー”と声をあげているではないか。モ
ブレーを受けるグリーンのギター・フレーズも、常套句に陥ることなく、いつもどおりの
アーシーで素晴らしいソロを聴かせてくれる。エンディングが、また凄い。”やめられな
い、とまらない”のカッパえびせん状態になっている。コマーシャル性に気をとられて、
このアルバムを聴かず嫌いのジャズ・ファンは、実に勿体無いことをしている。

しかし、そんなジャズ・ファンなど、知ったことではない。アルバムのタイトル曲になっ
ている《アイ・ウォント・ホールド・ユア・ハンド》。これが本当に素晴らしいのだ。こ
のボサノヴァベースのアレンジは誰が行ったのだろう。おそらくヤングが中心となったと
思われるが、当時の流行であったボサノヴァのリズムを上手く取り入れた好カヴァーとな
っている。ビートルズの《アイ・ウォント・ホールド・ユア・ハンド(邦題:抱きしめた
い)》は、あまりにもビートルズのオリジナル・ヴァージョンのイメージが強いので、カ
ヴァーするのは難しい部類の曲だと思う。それをグリーンのグループは、いとも簡単にや
ってのけている。”タッ、タッ、タァー”というイントロに続いて入ってくるグリーンの
ギターは、本当に素晴らしい。ビートルズのオリジナルを知っている人ならば、誰でもが
格式ばらずに気持ち良く聴けるはずだ。

この《アイ・ウォント・ホールド・ユア・ハンド》が聴きたくて、僕はいつもこのアルバ
ムを手にとるのである。グリーンのアルバムの中では一番気軽に聴けることもあり、僕の
愛聴盤の1枚なのだ。ロック・ポップスのファンで、ジャズ・ギターをちょっと聴いてみ
たいと思っている人なんかにも最適ではないか。グリーンのギターのフレージングはわか
りやすく、おそらく歌手の歌を聴くようにメロディがスッと入ってくるのではないか。し
かし、どうすれば、こんなにアーシーで人の心に訴えるようなフレーズを弾くことができ
るのだろう。でも音楽が流れると、そんなことはどうでも良くなるのだが。グリーンの素
晴らしいプレイに身を浸すのみである。5曲目の《ディス・クドゥ・ビー・ザ・スタート
・サムシング》でのグリーンのギター・プレイもも素晴らしい熱演である。美しい女性が
微笑むジャケットを堪能しながら、明るいポップな時期に生まれたジャズを堪能しよう。

『 I Want to Hold Your Hand 』 ( GRANT GREEN )
cover

1.I Want to Hold Your Hand, 2.Speak Low, 3.Stella by Starlight
4.Corcovado (Quiet Nights), 5.This Could Be the Start of Something
6.At Long Last Love

GRANT GREEN(elg), HANK MOBLEY(ts), LARRY YOUNG(org), ELVIN JONES(ds)

Recorded : March 31, 1965
Produced : Alfred Lion
Label    : Blue Note
※上記のイメージをクリックすると、Amazonにて購入できます