今回は、ファッツ・ドミノです。実はドミノの音楽は、正直近年まで聴いたことありませ んでした。しかしドミノの音楽は、ロックへの旅を続ける中で無視できないんですよね。 例えば、ジョン・レノンは「アンソロジー」の中でこう語っています。「初めて憶えた曲 は、ファッツ・ドミノの《エイント・イット・ア・シェイム》だった」。なんでも母親か ら教えてもらった、思い出の曲のようです。ジョンは後年のアルバム『ロックン・ロール 』で、この曲をカヴァーしています。カヴァーといえば、ポール・マッカートニーもアル バム『バック・イン・ザ・USSR』でカヴァーしています。ジョージ・ハリスンも、ド ミノの《アイム・イン・ラヴ・アゲイン》が最初に聴いた”ロックンロールの”レコード だったと言っています。どうやらドミノの音楽は、ビートルズの3人の中で忘れられない ものになっているようです。ね、無視できないでしょ。 ファッツ・ドミノは、1928年にニュー・オーリンズで生まれています。現在も、ニュー・ オーリンズに住んでいるようです。最初のシングルは《ザ・ファット・マン》という曲で すが、この曲におけるブギウギ・スタイルのピアノを聴くと、ロックという音楽の源流に スィング・ジャズからジャンプ・ブルースへの流れと、ブギ・ウギ・ピアノやブルースな どがあることが実感できるのではないかと思います。これらの音楽は、別個のジャンルの 音楽ではなく、根っこの部分は明らかに同じだと僕は思っています。それらの要素を持ち つつも、《ザ・ファット・マン》はその後”ロックンロール”と呼ばれる音楽と同じフィ ーリングが確実にあるのです。ちなみに録音は1949年です。これには、ちょっと驚きまし た。《ザ・ファット・マン》を聴いたとき、僕にはビートルズがファッツ・ドミノの音楽 をロックンロールと捉えていることが理解できたのです。 ドミノは、トランペッターのバンド・リーダーでアレンジもできるデイヴ・バーソロミュ ーの目にとまってデビューしたようですが、驚くほどのヒット曲を50年代に放つことにな るのです。自身によるヒットだけではなく、パット・ブーン(《エイント・ザット・ア・ シェイム》)、リッキー・ネルソン(《アイム・ウォーキン》)といった白人によるカヴ ァー作品も大ヒットしています。これらの白人歌手によるカヴァーの大ヒットでもわかる ように、ドミノの曲というのは大らかでヒット性を持っているのです。ドミノの人柄によ るものなのでしょうか、それともニュー・オーリンズという環境が影響しているのでしょ うか。当時の多くのR&B歌手の作品(エルヴィスでさえも)がブルースからの影響を強 く感じさせるのに比較して、ドミノの曲の場合はあまりブルースを直接的に感じません。 このことは、とても不思議な部分です。 《エイント・イット・ア・シェイム》を聴いてみましょう。「ユー・メイッ」とドミノが 歌うと”ジャン・ジャン”とくる冒頭部分はタマリマセンね。黒人歌手のパフォーマンス とは思えない(黒人ぽくないという意味ではないですよ)豊かでゴージャスな感じ。おも わず真似をしてみたくなるような、包容力を感じさせるヴォーカル。これこそが、若き日 のジョンやポールを惹きつけたものではないかと思います。ポールの歌い方には、いまで も随所に影響をみることができると思います。《エイント・イット・ア・シェイム》のサ ウンドは、この時代のR&Bとしては不思議なくらいゴージャス感がある。バーソロミュ ーのバンドによると思われる演奏も、ゴージャズ感を出すのに一役かっています。後に西 海岸きってのセッション・ドラマーとなるアール・パーマーのドラムスも、重厚なビート をたたき出しています。R&Bなのにこのゴージャス感こそが、ドミノの持ち味です。 しかし「これがロックンロールなの?」という印象を受けなくもありません。デビュー曲 の《ザ・ファット・マン》は、ロックンロールと言われても納得できます。しかし《エイ ント・イット・ア・シェイム》は、曲調およびバーソロミューのバンドによる演奏により 、ロックンロールというよりもジャジーなフィーリングを感じせるのです。レイ・チャー ルズの《アイヴ・ガット・ア・ウーマン》にある昂揚感が、《エイント・イット・ア・シ ェイム》にはないのです。この曲にあるのは、昂揚感ではなく豊かでゴージャスな感じな のです。でもこのあたりが、白人歌手によりドミノの曲のカヴァーを多く生むことになっ た要因なのでしょう。昂揚感を感じさせないからといって、音楽に魅力がないわけではな いのです。冒頭部分から最後まで、思わず耳を傾けてしまう魅力を確実に持っている曲な のです。その魅力が、若き日のジョンやポールの心を捉えたのでしょう。