●ぼくのビートルズの愛聴盤は、意外と重要なアルバムだった

ビートルズのアルバムで、あなたの愛聴盤はどのアルバムだろう。ぼくの場合、凄いと思
うのはやはり『サージェント・ペパー〜』『リボルヴァー』だ。しかし愛聴盤としても
っとも手が伸びるアルバムかと言われると、「違います」と言わざるを得ない。それでは
初期のアルバムはというと、ビートルズの屈託のない溌剌さと若さによるパワーが音楽と
相まって、一度聴くと圧倒されてしばらく聴かなくなってしまうのである。これまた、愛
聴盤とはいえない。そのような意味で最も気楽に聴けるのは、ぼくの場合は1965年のビー
トルズなのである。秋には『ラバー・ソウル』、今頃のような初夏の季節は『ヘルプ』を
必ず聴く。初夏の頃によく聴くのは、映画のバハマのシーンのイメージがあるからだろう
か。映画に使用された曲が実際にレコーディングされたのは殆ど2月なのだけど、なぜか
初夏の季節にピッタリと合うんだよな。ビートルズの不思議の一つである。

しかし『ヘルプ』というアルバムは、ビートルズのオリジナル・アルバムの中で最もまと
まりのないアルバムだ。超有名曲の《イエスタディ》は入っているは、芸術性のかけらも
ない、お気楽な《アクト・ナチュラリー》は入っているは、なんとも一貫性のないアルバ
ムなのである。だからこそ気楽に聴けるとも言えるのだが、ぼくが好きなのはB面(CD
だと8曲目以降)の《イッツ・オンリー・ラヴ》、《ユー・ライク・ミー・トゥー・マッ
チ》、《テル・ミー・ホワット・ユー・シー》である。この3曲、そらで歌えますか。頭
の中で鳴らせますか。基本的には明るいポップ・ソングなのだけど、初期の荒々しさは消
え憂いが顔を覗かせている。そして、性急さではなく、音楽の中にゆったりとした時間が
流れているのである。基本的にはこの3曲とA面の《アイ・ニード・ユー》が聴きたくて
『ヘルプ』を手にとるのである。《イエスタディ》を聴きたいのではないのだ。

《イッツ・オンリー・ラヴ》は、青空がいきなり眼の前に広がるようなイントロと、ジョ
ンが切ない声で歌い上げるサビがタマラナイ。《ユー・ライク・ミー・トゥー・マッチ》
は、ジョージの声質にピッタリの明るいポップなメロディが良い。きっとパティと最もう
まくいっていた頃だったはずなので、ジョージも精神的に落ち着いていたのかな。最高傑
作ではないと思うが、ジョージの曲で好きな曲の一つである。《テル・ミー・ホワット・
ユー・シー》はポールの曲だが、どこかジョンの香りがする。前作の『ビートルズ・フォ
ー・セール』と同じ流れの曲だが、これまた忘れられているポールの佳作である。《アイ
・ニード・ユー》は、最近やっと評価されるようになったジョージの傑作だが、最後のサ
ビからタイトルを繰り返すエンディングのところの浮遊感がなんとも最高なのである。こ
れが、ぼくが『ヘルプ』を良く聴く理由である。

また、今回この文章を書くために聴きなおして、気がついたことがある。『ヘルプ』とい
うアルバムは、ビートルズの音楽性を考えるうえで意外と重要なアルバムだといえるので
はないだろうか。その鍵は、1965年2月に行われたセッションにある。ビートルズが2作
目の映画「ヘルプ」の撮影に入ったのは、2月23日から3月9日までのバハマにおける撮
影からであった。それに先行したスタジオ・セッションでは、シングル《チケット・トゥ
・ライド(邦題:涙の乗車券)》とアルバム『ヘルプ』用の曲(つまりは映画に使用する
ことを想定した曲)を録音している。ここで注目したいのが、《アナザー・ガール》、《
アイ・ニード・ユー》を録音した2月15、16日と、《ザ・ナイト・ビフォー》、《ユー・
ライク・ミー・トゥー・マッチ》の17日、《ユーヴ・ゴット・トゥ・ハイド・ユア・ラヴ
・アウェイ(邦題:悲しみはぶっとばせ)》の18日の4日間である。

これらの曲で目立つのは、エレクトリック・ピアノ(《ザ・ナイト・ビフォー》と《ユー
・ライク・ミー・トゥー・マッチ》)、ヴォリューム・ペダル(《アイ・ニード・ユー》
)、フルート(《ユーヴ・ゴット・トゥ・ハイド・ユア・ラヴ・アウェイ》といった、ビ
ートルズのメイン楽器(ギター、ベース、ドラムス)以外の楽器なのだ。ポールの《アナ
ザー・ガール》は、わざわざ下手くそな”一丁上がり”的なギターをかぶせている。これ
が意図的なものであることは、エンディングをわざわざ”その下手くそなギターによるソ
ロ”としていることからもわかる。録音しなおせばよいものを、ビートルズはわざとそう
したのだ。しかもそのギター・ソロは、ジョージではなくなんとポールがダビングしたも
のなのである。このことが明らかにしているように、ビートルズはこれらの普段とは違っ
たサウンドを、意図的にサウンドの要として用いたのである。

それまでの曲にも、ピアノやオルガンは入っていた。しかし、いずれも音の薄さをカヴァ
ーする隠し味的な使われ方だった。ビートルズは、サウンドトラックということもあり、
普段のフォーマットに拘らずに変化を求めて遊んだのだろう。しかし意図的にサウンドに
変化をもたらしたことは、彼等の音楽に対する意識にも変化をもたらしたのではないか。
自分達がやれば、”何をどうやってもビートルズのサウンドとなる”ことを自覚したので
はないか。過酷なスケジュールの中で同じ曲を繰り返していたビートルズが、”音楽をや
っていると楽しい本来の自分”を取り戻せるのはスタジオの中だけだったのではないかと
推測する。サウンドに自覚的になった音楽好きの若者達は、次に何をしたくなったのだろ
うか。その答えが、後に続くアルバム群だと思うのである。そして最後に収録されている
《ディジー・ミス・リジー》の居心地の悪さは、それを物語っていると思うのである。
『 HELP 』 ( THE BEATLES )
cover

1.Help!, 2.The Night Before, 3.You've Got To Hide Your Love Away,
4.I Need You, 5.Another Girl, 6.You're Going To Lose That Girl, 7.Ticket To Ride
 8.Act Naturally, 9.It's Only Love, 10.You Like Me Too Much, 
11.Tell Me What You See, 12.I've Just Seen A Face, 13.Yesterday
14.Dizzy Miss Lizzie

THE BEATLES

JOHN LENNON(vo,g,elg,elp on 2,10)
PAUL McCARTNEY(vo,elb,elg on 5,7,g on 12,13, p on 10,elp on 11)
GEORGE HARRISON(vo,elg,g,per)
RINGO STAR(vo,ds,per)

Released : 1965
Producer  : George Martin
Label     : Parlophone
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