さて今回は、レイ・チャールズの《アイヴ・ガッタ・ア・ウーマン》です。レイ・チャー ルズがロック?そのような疑問が浮かぶ人もいるかも知れません。しかしこの曲は、キン グ・オブ・ロックンロールのエルヴィスと、ロックの最高傑作を作ったグループのビート ルズの双方がカヴァーしている曲なのです。エルヴィスは、メジャーなレコード会社から 初めて出したアルバム『エルヴィス・プレスリー』でカヴァーしています。ビートルズの 演奏は、BBCラジオ出演時の音源をまとめた『ライヴ・アット・BBC』で聴くことが できます。ビートルズのヴァージョンは、エルヴィスのヴァージョンを下敷きにしたもの です(歌詞もエルヴィスのヴァージョンで歌っています)。ジョン・レノンは、「エルヴ ィスの最初のアルバムは最高」という発言を残していることから、少年時代に聴き込んだ エルヴィスのヴァージョンを元にして、この曲を取り上げたのでしょう。 エルヴィスは、レイ・チャールズのヴァージョンを間違いなく下敷きにしています。チャ ールズのオリジナル・ヴァージョンのヒットが1954年の12月(5月説もあり)。エルヴィ スはデビュー・アルバムのレコーディング・セッションで取り上げていますので、ヒット 直後のカヴァーです。このことから、エルヴィスがサンから歌手デビューしたあとにも、 最新のR&Bに耳を傾けていたということがわかります。このエルヴィスのヴァージョン と、チャールズのヴァージョンを聞き比べてみると面白い。ロックンロールは黒人のR& Bをベースにして生まれたと言われていますが、それがどういうことなのか感覚的に知る ことができます。エルヴィスのヴァージョンはチャールズ版よりテンポが早く、そしてチ ャールズ版にはないエンディングがあります。ジョン・レノンも、エルヴィス版にあるエ ンディングをしっかり(エルヴィスより上手く)取り入れています。 このエンディング部分が、物凄くロックンロールを感じさせるのです。「ホゥェェェェホ ゥヴァタァァゥン」と歌われる部分のカッコよさ。ジョン・レノンも”わかって”おり、 その前の部分から「ハァァガタウゥゥマン」と入ってきます。この部分が歌いたいがため に、この曲を取り上げたのではないかと思うくらいです。このエンディング部分は、かつ て我が国でもダウンタウン・ブギ・ウギ・バンドが、ヒット曲の《カッコマン・ブギ》で 取り入れていました。それでは、チャールズ版はどうなのでしょう。ロックンロールかと いわれると、胸をはって「違う!」と言わなければなりません。テンポこそ異なりますが 、ほぼ同じ構成のエルヴィス版がロックンロールそのものなのにです。エンディング部分 が無いから、という理由ではありません。チャールズ版は、やはりR&Bそのものと言わ なければならないのです。 かつてボ・ディドリーは言いました。「同じ音楽でも黒人がやればR&Bと言われ、白人 がやるとロックンロールと呼ばれる」と。でも、チャールズの音楽はそれでいいのではな いのでしょうか。チャールズの歌う《アイヴ・ガッタ・ア・ウーマン》をロックンロール と呼ぶことはむしろ不自然であり、チャールズに失礼のような気がします。チャールズの 音楽を一つのジャンルに無理に押し込めようとしているのではありません。チャールズの 一番の魅力は、そのヴォーカルのソウルフルな節回しですが、当たり前ですけど、どこを どうとっても見事なまでに”黒い”のです。チャールズの歌は、弱小レーベルのダウン・ ビートというレーベルでナット・キング・コールのようなスタイルで歌っていたときから 見事なものでした。アトランティック初期のレコーディングでも、ヴォーカルそのものは 既に完成の域にあるといえます。 しかしサウンドは、ナット・キング・コールのようなエレガントなスタイル、ジャンプ・ ブルースのようなスタイルなど、どこかで聴いたことががあるようなものばかりでした。 それが《アイヴ・ガッタ・ア・ウーマン》で変化します。古い曲から順に聴いていくと、 この曲でチャールズが新しいスタイルを発見したことがわかります。それは、よく言われ るゴスペルとブルースの融合によるものではない思います。それらは、チャールズのそれ までの歌の中に自然に混じっている要素です。《アイヴ・ガッタ・ア・ウーマン》は、シ ンプルな歌詞とシャウトできるメロディとテンポがうまく合体しています。そしてそれが 、新しさを感じさせる要因となっていると思うのです。その点こそが、エルヴィスの心を 捉えたのではないでしょうか。そしてチャールズの歌にあるブルース・フィーリング。そ れはチャールズの人生そのものであり、敬意をこめてR&Bと呼びたくなるのです。