●ジャズとポップスのはざまで

マンハッタン・トランスファー(以下、マン・トラ)は、グラミー賞も数多く受賞してい
る素晴らしいヴォーカル・グループである。以前にもアルバム『エクステンションズ』の
ことをエッセイの中で取り上げたが、今回は1994年のアルバム『トニン(邦題:カヴァー
ズ)』を取り上げてみたい。このアルバムは、彼らが90年代に入って古巣のアトランティ
ック・レコードからいったん離れた後に、またアトランティック・レコードに戻ってきた
復活第一弾のアルバムである。しかし、まあ何と言うか、このアルバムの評価といったら
アメリカでも我が国でも低いといったらない。せっかく古巣のアトランティックに戻って
の第一弾だというのに、”それはないだろう”という評価なのだ。これでは、アルバムを
制作したマン・トラのメンバーが浮かばれない。しかし、なぜそのような低い評価になっ
てしまうのかを、ちょっと考えてみたいと思う。

まず『トニン』というアルバムは、どのようなアルバムなのか。下のアルバム・クレジッ
トにある曲のタイトルと、ゲストの名前を見てもらいたい。彼らがこのアルバムで取り上
げた曲がどのような(誰の)曲かわかりますか。そう、これらは50年代末から60年代のポ
ップおよびR&Bのヒット曲なのである。1曲目から順番に、フォー・シーズンズ、ヤン
グ・ラスカルズ、ロイヤレッツ、ミラクルズ、デルフォニクス、マーヴィン・ゲイ、B.
B.キング、スライ&ザ・ファミリー・ストーン、アソシエーション、ボビー・ダーリン
、ドリフターズ(カトちゃんや長さんのじゃないよ)、そしてビーチ・ボーイズである。
しかも幾つかの曲では、ヒットさせた本人(フォー・シーズンズのフランキー・ヴァリ、
ヤング・ラスカルズのフェリックス・キャバリエ、ミラクルズのスモーキー・ロビンソン
、B.B.キング、ドリフターズのベン・E・キング)がゲスト参加しているのだ。

プロデューサーは、アリフ・マーディン。アレサ・フランクリンの名盤にも名を連ねてい
た古くからのアトランティックのスタッフであり、近年ではあのブルーノートの歌姫ノラ
・ジョーンズの大ヒット盤『カム・アウェイ・ウィズ・ミー』のプロデューサーである。
デビュー当時のマンハッタン・トランスファーのアルバムにも関わっていた人だ。そのア
リフをプロデューサーに迎えて、アリフの人脈からフェリックス・キャバリエ、ベット・
ミドラー、ローラ・ニーロ、フィル・コリンズ、チャカ・カーンなどをゲストに制作され
たのが『トニン』なのである。確かにこれだけのゲストが参加している分だけ、マンハッ
タン・トランスファーの歌う部分は少なくなるわけで、彼等の素晴らしいコーラスをもっ
と聴きたいといった人には不向きのアルバムかも知れない。しかし、このアルバムの評価
が低いのは、それだけではない気がする。

有名なゲストをたくさん呼んで、有名なヒット曲を歌う。単純に考えれば、売れセンを狙
ったアルバムと思ってしまうだろう。しかし売れセン狙いで何が悪いと言いたい。マン・
トラは、ジャズを歌わせればとてつもなく上手い。80年代にはウェザー・リポートの傑作
《バードランド》を取り上げ、カウント・ベイシーの《コーナー・ポケット》をビックリ
するくらい洒落たヴォーカリーズで料理し、終には”これでどうだ”と言わんばかりの全
編モダン・ジャズのヴォーカリーズをやったアルバムを出して、ジャズ界を黙らせた凄い
実力をもつグループである。しかし、いざこのようなポップなアルバムを作ってしまうと
、ジャズ界からは”売れセン狙い”とそっぽを向かれてしまうのだ。こんなに楽しいアル
バムはないではないか。これらのヒット曲を、大物ゲストと堂々と渡り合いつつ高度なコ
ーラス・ワークで料理できるグループなんて、マン・トラ以外にいないのに。

古巣に戻ってまたアリフと仕事ができる。どんなアルバムを作ろうか。10代の頃に夢中だ
った、好きな曲ばかりでアルバムを作ってみよう。曲の流れが、ひとつのストーリーにな
るようにアルバムを構成できないかな。そうだ、できればオリジナルを歌った本人にゲス
トで参加してもらい、復活に相応しい華やかなアルバムにしよう。『トニン』は、そのよ
うに考えて制作されたアルバムだろう。《レッツ・ハング・オン》の中盤の素晴らしいコ
ーラス・ワーク、見事なアカペラでの《ゴッド・オンリー・ノウズ》など聴きどころはい
っぱいある。ベストは、ローラ・ニーロとの《ララ・ミーンズ・アイ・ラヴ・ユー》。ロ
ーラとの見事な一体感を聴かせてくれる、シェリルが最高!。次々とゲストが登場してゴ
ージャスな気分に浸れるというのに、このアルバムに低い評価をしてあまり聴いていない
人は、実にもったいないことをしていると思うのである。
『 Tonin' 』 ( The Manhattan Transfer )
cover

1.Let's Hang On, 2.Groovin', 3.It's Gonna Take A Miracle
4.I Second That Emotion, 5.La La Means I Love You
6.Too Busy Thinking About My Baby, 7.The Thrill Is Gone
8.Hot Fun In The Summertime, 9.Along Comes Mary
10.Dream Lover, 11.Save The Last Dance For Me
12.God Only Knows
 
THE MANHATTAN TRANSFER
TIM HAUSER
JANIS SIEGEL
ALAN PAUL
CHERYL BENTYNE

+ Spcial Guest

FRANKIE VALLI(vo)
FELIX CAVALIRE(vo)
BETTE MIDLER(vo)
SMOKEY ROBINSON(vo)
LAURA NYRO(vo,p)
PHIL COLLINS(vo)
RUTH BROWN(vo)
B.B. KING(elg,vo)
CHAKA KHAN(vo)
JAMES TAYLOR(vo)
BEN E. KING(vo)

Producer           : Arif Mardin
Label              : Atlantic
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