●ディジョネットの眼を見張る才能

ジャック・ディジョネットは、ドラマーとして有名なミュージシャンだ。古くは、陽光と
紫の煙に包まれていたチャールズ・ロイドのグループや、フィルモアおよびワイト島でロ
ック・スター目当ての聴衆にエレクトリック攻撃をぶちかましたマイルス・デイヴィスの
グループ。近年では、ピアニストのキース・ジャレット率いるスタンダーズのドラマーと
して知られているミュージシャンであろう。ジョン・コルトレーン・グループのドラマー
だったエルヴィン・ジョーンズや、マイルスのグループでディジョネットの前任者だった
トニー・ウィリアムスといった偉大なドラマーが故人となってしまった現在では、ディジ
ョネットは間違いなく最高峰のドラマーだ。いやエルヴィンやトニーが生きていた頃でも
、ディジョネットは彼らと1、2を争うようなドラマーであった。しかし、ぼくがデョジ
ョネットをとりあげたいのは、ディジョネットが単なる凄いドラマーだからではない。

ディジョネットは、ドラマーの枠には収まらない非凡な才能をもったミュージシャンだ。
少年時代はクラシック・ピアノを習っていたということもあり、おりにふれ鍵盤楽器も演
奏し、作曲も行う。ドラマーのリーダー・アルバムというのは、ぼくは滅多に買うことは
ない。しかしディジョネットの作品は別だった。その非凡な才能が創り上げた作品群は、
無視できないものがあったのだ。特に1970年代後半から1980年代の前半にかけてディジョ
ネットが率いていた二つのグループ「ニュー・ディレクションズ」と「スペシャル・エデ
ィション」の音楽は、甲乙つけがたい魅力をもっていた。「ニュー・ディレクションズ」
の音楽が、主にジョン・アバークロンビーのギター・サウンドによりECMというレーベ
ルの持つイメージどおりの透明感のあるサウンドだったのに対して、もう一つのグループ
「スペシャル・エディション」のサウンドは予想もつかない衝撃的なものだった。

そのサウンドは、当時(1980年頃)ソフトでメロウな雰囲気の音楽に浸りきっていたぼく
に、ガーンと思いっきり肘鉄をくらわせた。「スペシャル・エディション」は、当時”ロ
フト・ジャズ”の俊英と言われていたデヴィッド・マレイとアーサー・ブライスという2
人のリード奏者をフィーチャーしていた。その当時のECMは、それまでの北欧をイメー
ジさせるような透明感溢れる音楽だけではなく、アート・アンサンブル・オブ・シカゴ、
レオ・スミス、ジョージ・アダムスといったアフロ・アメリカン系の黒々としたフリー系
の音楽の録音にも手をそめはじめていた。ディジョネットの「スペシャル・エディション
」も、そのような流れにそったものだったのかも知れない。ECMレーベル総帥のマンフ
レッド・アイヒャーはエグゼクティヴ・プロデューサーとして名を連ね、アルバム・プロ
デュースはディジョネット自身が行っている。

プロデュースを含むディジョネットの素晴らしい才能により、アルバム『スペシャル・エ
ディション』はECMを代表するハードな作品となった。とくに、1曲めの《ワン・フォ
ー・エリック》。当時、エリック・ドルフィーの残した音楽を受け継ぎ追求していたのは
ウディ・ショウくらいだったと思うが、ディジョネットは音楽性の高い見事なオリジナル
でドルフィーの音楽に敬意を表している。デヴィッド・マレイのバス・クラリネットがド
ルフィを彷彿とさせ、それに絡んでいくディジョネットのドラムスのフレイジングももの
凄い。ぼくはこれを聴いて、ブルーノートにドルフィが残した大好きな傑作アルバム『ア
ウト・トゥ・ランチ』を想起した。またコルトレーンの作品《セントラル・パーク・ウェ
スト》では、2本のサックスとピーター・ウォレンのベースに加え、ディジョネットはメ
ロディカのみを演奏し、ハッとするような美しいアンサンブルに仕上げている。

このような傑作アルバムを、自らの手でプロデュースできるジャック・ディジョネットと
いうミュージシャンに眼を見張った。デヴィッド・マレイやアーサー・ブライスといった
、どちらかというと”アングラ”なイメージのミュージシャンの素晴らしさに気づかせて
くれたのもディジョネットであった。マレイやブライスといったミュージシャンのイメー
ジはECMとは全く結びつかなかったが、驚くべきことに出てきた音はECMのイメージ
を損なうものではなかった。むしろ、レーベルのイメージを大きく拡げたように思う。ア
ルバムの最後に収録された《ジャーニー・トゥ・ザ・トゥイン・プラネット》の現代音楽
のようなアンサンブルも見事だ。この1作で、”ミュージシャン”ジャック・ディジョネ
ットは、ぼくにとって忘れられない存在となった。そして、新作としてこのアルバムよう
な気合の入った新しい音楽をまた聴きたいなぁと感じる今日この頃である。
『 Special Edition 』 ( Jack DeJohnette )
cover

1.One for Eric, 2.Zoot Suite, 
3.Central Park West, 4.India, 5.Journey to the Twin Planet

JACK DeJOHNETTE(ds,p,melodica), DAVID MURRAY(ts,bcl),
ARTHUR BLYTHE(as), PETER WARREN(b,cello)

Recorded           : March, 1979 Gemeration Sound Studios; NewYork
Producer           : Jack DeJohnette
Executive Producer : Manfred Eicher
Label              : ECM
※上記のイメージをクリックすると、Amazonにて購入できます