●デュオ・アルバムの最高傑作

デュオ・アルバムの最高傑作はなにか?、そう聞かれたら僕は即座に答えます。「それは
、ゲイリー・バートンとチック・コリアの『イン・コンサート』です」と。理由は1曲目
を聴けば、たちどころにわかる。チック・コリアが作曲した《セニョール・マウス》。こ
のすっトボケタような題名の曲で聴くことのできる、インタープレイの素晴らしいこと。
息もつかせぬ、9分51秒なのである。ジャズの世界には名デュオ・アルバムは数あれど
、このゲイリーとチックのデュオ・アルバムほど圧倒的な音楽を奏でているアルバムはな
い。このアルバムを制作したECMというドイツのレコード会社は、いろいろなミュージ
シャンを組み合わせてデュオ・アルバムを制作しているが、その中でも圧倒的な出来であ
る。確かこのアルバムの発表後にチックとゲイリーは来日して、デュオ・ライヴを開催し
ているが、ここでの演奏のレベルには到底及ばなかった。そのくらいこのアルバムの音楽
は、音楽的に高度な次元に達しているのである。

なんといっても感心してしまうのが、ゲイリー・バートンというヴァイブ奏者の演奏だ。
ヴァイブという楽器は、ようするに鉄琴である。子どものころに木琴を叩いたことのある
人も多いだろう。木琴や鉄琴は、ドラムのスティックの先に玉がついたようなマレットと
いうもので鍵盤を叩いて演奏を行う。オーケストラなどを見るとわかるが、ヴァイブとい
う楽器は、その演奏方法から打楽器系の扱いを受けている楽器なのだ。パーカッション奏
者が兼務することも多い楽器である。通常は両手に1本づつマレットを持つので、出せる
和音は2音のハズだ(この楽器については、あまりよく知らない)。ゲイリー・バートン
という人は、ヴァイヴというどう考えてもピアノよりも少ない音しか出せない楽器で、チ
ック・コリアの演奏するピアノと互角(それ以上と言っても良い)に勝負しているのであ
る。とにかく凄い。どう聴いても人間技ではない。とくに《セニョール・マウス》の演奏
は、神がかっていると思う。

チック・コリアの作った曲なので、チックが上手く演奏できるのはまあ当然だろう。しか
しゲイリーは、作曲者のチック以上に、この《セニョール・マウス》を自分のものにして
しまっているようである。演奏を聴いてみよう。チックのメカニカルかつリズミカルなピ
アノのイントロにはじまり、ゲイリーが合わせて入ってくる。入ってくるそうそう、即興
的な演奏に突入する。一回目のテーマ合奏が終わり、次第に演奏が熱を帯びていくのがわ
かる。ピッタリとハもったり、追いついたり、追いつかれたりと、緊張感溢れるインター
プレイが続く。なぜ4本のマレット(ゲイリーは片手に2本づつのマレットを握って演奏
する)だけで、これだけ豊かな音楽を奏でることができるのか。とにかく、この曲のゲイ
リーの演奏は、彼自身の名演というだけではなく、ヴァイブという楽器で奏でられた全て
の音楽の中で最も素晴らしいものといって良い。なんといっても素晴らしいのが、チック
の作曲したメロディに対する”合いの手”のようなフレーズを挟み込むときだ。キラメク
ようなそのフレーズは、どこまでもどこまでも音楽的な美しさに満ちているのだ。

演奏は、それだけで終わらない。緊張感溢れる《セニョール・マウス》の演奏が終わると
、バップ風な楽しいメロディの《バド・パウエル》が始まる。この曲も、ゲイリーの独壇
場といってよい。チックが、ピアノの低音部で4ビートのウォーキング・ベースのような
フレーズをはじめ、ありとあらゆる手を使ってゲイリーを猛烈に煽っている。その後チッ
クのソロになるが、ゲイリーが素晴らしすぎるので印象が薄い。チックはその後も、この
曲を何度もレコーディングしているが、このアルバムの演奏のような素晴らしい音楽的な
次元には達していないのである。それにしても、この2人の素晴らしい一体感はなんなの
だろう。このコンサートには、なにかマジックが作用しているとしか思えない。

アナログ盤時代はこの《バド・パウエル》までがA面だった。A面を聴き終わったときは
、しばらく呆然としていたように思う。いま自分が聴いた音楽は、ナンだったのか。確か
もう一度、1曲目の《セニョール・マウス》から聴きなおしたように記憶している。アル
バムはアナログ盤時代は2枚組みで、CDの3曲目《クリスタル・サイレンス》(最初に
日本で出たときは、確か『クリスタル・サイレンス・ライヴ』という題名だった)と4曲
目《トウィーク》がB面、CD未収録のゲイリーのソロ!とチックのソロがC面、CD5
曲目の《フォーリング・グレイス》から最後までがD面だった。D面にも愛らしい曲が並
んでいるのだが、やはりレコード・プレーヤーの針を下ろすのは、圧倒的にA面が多かっ
たのである。

古今東西、素晴らしいデュオ・アルバムは数あれど、演奏者双方の燃焼度の高さ、アルバ
ム全体の素晴らしさ、音楽的次元の高さ、そして何よりも演奏される音楽そのものの美し
さにおいて、このアルバムを超えるものはありません。聴くも、聴かぬも自由。だけど、
せっかく生きているのだから、全ての美しいものに触れましょう。では、また。

『 In Concert (Zurich, October 28, 1979) 』 ( Chick Corea and Gary Burton )
cover

1.Senor Mouse, 2.Bud Powell, 
3.Crystal Silence, 4.Tweak
5.Falling Grace, 6.Mirror Mirror
7.Song to Gayle, 8.Endless Trouble, Endless Pleasure

CHICK COREA(p), GARY BURTON(vib)

Recorded : October 28, 1979 at Limmathaus, Zurich
Producer : Manfred Eicher
Label    : ECM
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