●「コルトレーンが本当に伝えたかった音楽」を聴いて

昨日(3月19日)、東京四谷のジャズ喫茶「いーぐる」で非常に興味深い講演(レコード
・コンサート)が行われた。題して「コルトレーンが本当に伝えたかった音楽」。昨今は
コルトレーンのことを知らない人も多いらしいのでちょっと説明すると、コルトレーンは
、1950年代から1960年代にわたって活躍したジャズのサックス奏者のことである。ジャズ
そのものや、後に続くサックス奏者に大きな影響を与えただけではなく、ロックの世界で
もサンタナやロジャー・マッギンなど影響を受けた人は多い。しかし最近は、あまり名前
を聞くことはない。おりにふれ、トリビュート・コンサートなどが開かれている(今年も
サンタナが、ハービー・ハンコックやウェイン・ショーターと日本でやるそうだ)のだが
、ジャズの世界以外で大きく話題になることはないのである。かつての親分だったマイル
スがクラバー世代の若者達に受けているのに対して、最近のコルトレーンの扱いに淋しい
思いをしているのは僕だけではないだろう。
少し話が横道にそれてしまったが、最近はあまり巷で聴くこともなくなったコルトレーン
の音楽を「いーぐる」のオーディオ装置で聴けるということもあり、かけつけたしだいで
ある。講演者は、「レコード・コレクターズ」や「スィング・ジャーナル」などの音楽雑
誌でもおなじみの、世界的に有名なコルトレーン研究家の藤岡靖洋さんだ。ゲストとして
1966年のニューポート・ジャズ祭でコルトレーンを実際に聴き、”動くコルトレーン”を
カメラに収めた、新宿のジャズ喫茶「DIG」および「DUG」のマスターの中平穂積さ
んもきており、お二人の大変貴重なお話を伺うことができたのである。

この日の藤岡さんの話の主旨の一つは、存続が危ぶまれるニューヨーク州ロング・アイラ
ンドのコルトレーン・ハウス(コルトレーンが晩年に住んでいた家)存続のために寄付金
を募ることだった。コルトレーン・ハウスのあるハンティントンの町議会は、コルトレー
ンの偉大な業績を讃えて地権者からこの土地と建物を買い取ることを決定しているが、そ
のための資金が足りないのだという。前述のサンタナのコンサートも、その救済コンサー
トという位置付けもあるとのことだ。賛同される方がいれば、下記のメール・アドレスに
連絡してみてほしい。

coltranehouse@msn.com

また肝心の講演内容は、まだまだ”聖者”などという形容詞で語られることの多いコルト
レーンの見落とされがちな一面に焦点をあてたものだった。それは1960年代のアメリカを
代表する一面でもある、公民権や人種問題に関するものである。この日に藤岡さんがセレ
クトした曲は、ボーナス音源と最後の”元気のでる1曲”《アフロ・ブルー》を除いて、
全て人種問題との関係を強く感じさせる作品ばかりだった。初期のプレスティジ盤から《
ダカール》(『ダカール』収録)と《バカイ》(『コルトレーン』収録)、インパルス盤
から《ソング・オブ・ジ・アンダーグラウンド・レイルロード》と《ジ・ダムド・ドント
・クライ》(『コンプリート・アフリカ・ブラス・セッションズ』収録)、および《アラ
バマ》(『ライヴ・アット・ザ・バードランド』収録)の5曲である。

コルトレーンが、人種問題に関して無関心であったなどとは思っていない。1963年に、公
民権問題による対立がもっとも激しかったアラバマ州のパブティスト教会で発生した黒人
少女4人のダイナマイト爆死事件に心を痛めたというコルトレーンが、その事件を題材に
《アラバマ》を作曲したことも知っていた。しかしプレスティジとインパルス(両方とも
レコード会社)とのソロ契約における第1作において、コルトレーンがそれぞれ人種問題
に関連した作品をレコーディングしていたことは気がつかなかった。コルトレーンの表現
方法は、例えばチャールズ・ミンガスやマックス・ローチの政治的な表明とは異なっては
いる。しかしソロの1作目に、そのような人種問題を扱った作品を取り上げているという
点は、コルトレーンの作品表現を考えるうえで重要である。
とくにインパルス移籍第1作となった『アフリカ・ブラス』のセッションで録音された《
ジ・ダムド・ドント・クライ》は見落とされがちな作品だったと思う。僕自身も、この曲
の存在をほとんど忘れていた。この曲は、1979年代の後半に『トレーンズ・モーズ』とい
う未発表作品の発掘シリーズの一貫として発表されたものであり、あまり一般のジャズ・
ファンでも耳にしたことのない曲ではないだろうか。『トレーンズ・モーズ』というアル
バムもあまり話題にならないアルバムだったので、知らないひとも多いと思う。僕も、コ
ルトレーンの音楽にハマッテいる状態でなかったら、買っていたかどうかわからない。僕
が所持しているのはABC(Impluse)の輸入盤で、日本盤が発売されたかどうかは記憶が定か
ではない。そのようなアルバムにひっそりと収録されていた《ジ・ダムド・ドント・クラ
イ》が、今回聴いた曲の中で一番心に響いた。作曲とアレンジは、コルトレーンの友人の
トランペッターのカルヴィン・マッセイ。ギル・エヴァンスを思わせるブラス・アンサン
ブルにのせたブッカー・リトルによる物憂げなメロディで始り、コルトレーンの16分音符
を多様したソロが素晴らしい作品である。僕にとっては、忘れていた作品だった。
タイトルの《ジ・ダムド・ドント・クライ》は、”地獄の亡者達は泣かない”とでも訳せ
ば良いのだろうか。この曲と、人種差別から都会に逃れるすべを作品にした《ソング・オ
ブ・ジ・アンダーグラウンド・レイルロード》を、インパルス移籍後の最初のセッション
で録音し、しかも”レコード会社の圧力”によってボツにされていたという事実は以外と
重要なのではないだろうか。いままでの定説だった、アフリカやインドに対する音楽的な
興味から『アフリカ・ブラス』を録音したということにも疑問が生じてくるためだ。アフ
リカは、いうまでもなく奴隷となった黒人達がもと居た土地である。プレスティジの《ダ
カール》(パリ〜ダカール・ラリーで有名なダカールだ)は、その奴隷貿易の発端となっ
た場所で、”負の遺産”として世界遺産に制定された奴隷の檻があるのだという。コルト
レーンは、レコード会社移籍後の第一作で、声高らかに人種問題を取り上げたかったので
はないか。しかし、レコード会社によってその意図は葬られ、『バラード』のような口当
たりの良い作品を作る方向にシフトしていった気がするのである。コルトレーンについて
は、まだまだかつての伝説がまかりとおっているので、その音楽性を再検証してみる価値
は十分にありそうだ。そのようなことを感じた講演であった。

『 Complete Africa / Brass Sessions 』 ( John Coltrane )
cover

Disk1:1.Greensleeves, 2.Song of the Underground Railroad,
3.Greensleeves [Alternate Take], 4.The Damned Don't Cry,
5.Africa [First Version]

Disk2:1.Blues Minor,2.Africa [Alternate Take],3.Africa

JOHN COLTRANE(ts,ss), 
ERIC DOLPHY,PAT PATRICK & GARVIN BUSHELL(reeds)
BOOKER LITTLE & FREDDIE HUBBARD(tp)
CHARLES MAJID & JULIAN PRIESTER(euph)
JIMMY BUFFINGTON,JULIUS WATKINS,DONALD CORRAD,BOB NORTHERN & ROBERT SWISSHEL(fh)
McCOY TYNER(p),
REGGIE WORKMAN & PAUL CHAMBERS(b)
ELVIN JONES(ds)

Recorded : May 23,May 25,June 7, 1961
Producer : Bob Thile
Label    : Impluse
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