●『スクラッチ』のB面

1970年代の半ばごろから、日本でもクロスオーヴァーとかフュージョンと呼ばれた音楽が
注目を集め始めた。当時は”アイドル”だった野口五郎が、「明星」などの雑誌で、リー
・リトナーの『ファースト・コース』といったアルバムを「最近は、こんな音楽を聴いて
いまーす」と紹介していたくらいである。井上陽水がデヴィッド・T・ウォーカーなどを
バックにアルバムを録音したり、ピンク・レディの後楽園球場で行われたコンサートでは
チャック・レイニーが”別格扱いで”ベースを弾いていたほどだ。クロスオーヴァーとか
フュージョンに全く関心がないピンク・レディのファンにとっては、なぜあの黒人のおじ
さんがピンク・レディのすぐ隣でベースを弾いているのかわからなかっただろう。とにか
く70年代の半ばごろから、そのくらい”お茶の間にも”クロスオーヴァーとかフュージョ
ンと呼ばれた音楽は浸透してきていた。そのような”ブーム”ともいえる状況の中で、ギ
タリストのラリー・カールトンが在籍していたことで注目されていたグループがクルセイ
ダーズだ。野口五郎も、確か「ときにはラリー・カールトンのように」という曲を出して
いたっけ。

クルセイダーズは、サックスのウィルトン・フェルダー、ピアノのジョー・サンプル、ド
ラムスのスティックス・フーパーというハイ・スクールの友人同士が集まってできたグル
ープが母体だ。その3人に、やがてトロンボーンのウェイン・ヘンダーソンが加わる。フ
ルート奏者として有名なヒューバート・ロウズとベース奏者が加わって、”モダン・ジャ
ズ・セクステット”と名のっていたこともあったらしい。彼らは暫くは地元のテキサス州
で活動していたが、60年代に入ってロス・アンゼルスに移る。テキサスからロスへという
道は、軍需産業が盛んだった30年代ころから、この土地の人がたどる道であった。
彼等はロスへ移ってから、ジャズ・クルセイダーズと名のって数多いアルバムを残す。有
名になった後のクルセイダーズしかしらない人は、この時代の音を聴くと別のグループの
ように感じるかも知れない。この時代の彼等の音は、ファンキーなハード・バップをベー
スにした幅広い音楽の要素を取り入れたものだ。レパートリーも、ジョン・コルトレーン
のハードなナンバー《インプレッションズ》のようなジャズメン・オリジナルから、ドリ
フターズの《オン・ブロードウェイ》、ビートルズの《エリナー・リグビー》など幅広い
ものだった。しかし彼等のサウンドの特徴であるグループ・アンサンブルは、この時代か
らしっかりと存在している。
やがて彼らもエレクトリック楽器を取り入れ、独自のサウンドを確立していく。モータウ
ンが出した『オールド・ソックス・ニュー・シューズ…ニュー・シューズ・オールド・ソ
ックス』というジャケットもゴキゲンなアルバムでは、当時流行のサイケデリック・ソウ
ルのようなサウンドを取り入れて、スライ&ザ・ファミリー・ストーンのファンキーなヒ
ット・ナンバー《サンキュー》のカヴァーまで披露している。このようなクルセイダーズ
の歩みを聴いていると、クロスオーヴァーおよびフュージョンと呼ばれた音楽への道の一
つが、ファンキー・ジャズ、R&B、ソウル・ミュージックと続く流れの延長線上にあっ
たことが確認できる。

やがてグループ名から”ジャズ”をとったクルセイダーズは、ウェインとウィルトンの2
管をフロントに、ジョーのエレクトリック・ピアノとスティックスのドラムがゴキゲンな
グルーヴのリズムをつけていくスタイルを確立させる。ウェインのトロンボーンがベース
・コーラス、ウィルトンのサックスがリード・シンガーのような、ゴスペル・スタイルが
多く聴かれることも特徴である。ウェインがいたこの時代のクルセイダーズが最高という
意見の人も多いだろう。僕もその一人である。したがって僕がクルセイダーズの最高傑作
を1枚あげるとすれば、ウェインのいた時代のものとなるのである。
僕がもっとも好きなのが、ロス・アンゼルスの有名なクラブ「ロキシー」でのライヴ盤『
スクラッチ』だ。ウィルトン、ウェイン、ジョー、スティックスのオリジナル・メンバー
に加え、後に正式メンバーとなるギターのラリー・カールトンが参加した名盤だ。なんと
いっても、アナログ盤時代のB面が素晴らしい。”スクラッチのB面”、これだけでわか
る人にはわかる。ジョーのファンキーなエレピのイントロと熱いウィルトンのブロウがた
まらない《ハード・タイムズ》、ウェインのロング・トーンとラリーのロックなギターが
印象的なキャロル・キングの《ソー・ファー・アウェイ》、まるで曲の一部のようなメン
バー紹介がカッコイイ《ウェイ・バック・ホーム》の3連発。これにつきる。《ハード・
タイムズ》と《ウェイ・バック・ホーム》は先のモータウン盤に収録されていた”ジャズ
・クルセイダーズ”時代のナンバーであるが、この『スクラッチ』のヴァージョンは10
0倍くらいファンキーだ。しかしクルセイダーズの場合は、ファンキーなのだけど”真っ
黒クロスケ”になるわけでもなくスムースなカッコよさがあるのだ。この特徴は、ジャズ
・クルセイダーズ時代から変わらないのである。A面の《エリナー・リグビー》も、ジャ
ズ・クルセイダーズ時代のレパートリーだが、アレンジは殆ど変わっていない。時代と共
にサウンドに円熟味が加わったというか、とにかくこのアルバムのクルセイダーズの演奏
のグルーヴ感やファンキーさは感じてもらうしかない。
彼等はこの後MCAレーベルに移籍して、ランディ・クロフォードのゲスト・ヴォーカル
が入った『ストリート・ライフ』で人気が決定的になる。しかし、その頃には既にウェイ
ンやラリーは脱退しており、スマートなフュージョン・サウンドになってしまっていて僕
にはあまり面白くなかった。クルセイダーズといえば、ウェイン入りの『スクラッチ』。
これしかない!、の1枚である。
『 Scratch 』 ( The Crusaders )
cover

1.Scratch, 2.Eleanor Rigby
3.Hard Times, 4.So Far Away, 5.Way Back Home

THE CRUSADERS
WAYNE HENDERSON(tb), WILTON FELDER(ts), JOE SAMPLE(elp), STIX HOOPER(ds)
AND FRIENDS
LARRY CARLTON(elg), MAX BENNETT(elb)

Recorded : 1974
Producer : Stewart Levine
Label    : Blue Thumb
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