●押し寄せるサウンドの洪水/ジミー・スミス

ふと調べものをしようとインターネットの音楽サイトであるオール・ミュージック・コム
を見たら、スポット・ライトのコーナーにジミー・スミスの名があった。それを見て、「
そうだ、先日(2月8日)に彼は亡くなったんだ」と思い出した。僕もいわゆるソウル・ジ
ャズというのはずいぶんと聴いてきたのだが、ジミー・スミスだけはポピュラーすぎると
いうか、「また、そのうち聴こう」の繰り返しで今日まできた。ジミーはアルバムだけで
はなく、シングル・ヒットも持ちヴォーカルまでやっていた”スター”だったというのに
、正直にいうとアルバム数枚しか聴いた事がない。しかし、ジャズの名門レーベルのブル
ーノートに残した《ザ・チャンプ》1曲だけで、世間的な知名度に関係なく彼の名は永遠
に僕の中に刻み込まれている。

ジミー・スミスは、ジャズのオルガン奏者だ。幼い頃からピアノを習っていて、最初はピ
アニストとしてプロの道に入ったらしい。ピアノからオルガンに転向したのは、50年代の
初めと言われている。オルガン・ジャズの父と言われるワイルド・ビル・デイヴィスの演
奏に触発されてのことだという。故郷のフィラデルフィアからニューヨークに出てきてオ
ルガンを弾いていたジミーを発見しデビューさせたのは、ブルーノート・レコードのプロ
デューサーであるアルフレッド・ライオンだった。これがよく知られた、ジミー・スミス
のデビューにまつわる話だ。しかし、僕にはひとつよくわからないことがある。正規の音
楽教育(ジミーはフィラデルフィアで音楽学校に通っていた)を受けていたにもかかわら
ず、なぜジミーはピアノを捨ててオルガンに転向したのだろう。
残念ながら、この疑問の正確な答えはわからない。ワイルド・ビル・デイヴィスの演奏に
感激してというのは、あながち間違えではないだろう。オルガン・ジャズの父と言われた
ワイルド・ビル・デイヴィスは、ジミー・スミスよりも前にオルガン、ギター、ドラムス
というトリオ編成で演奏していた。その演奏を聴いたジミーに、”自分もオルガンを練習
しよう”と思わせたものはなにか。それはオルガンという楽器のもつ、エレクトリックな
響きと、そのサウンドで行われる演奏がもたらす昂揚感ではなかったかと僕は思う。なん
でも借金をしてまで高価だったオルガンを自分で購入して練習をはじめるくらいだから、
”どーしても、弾いてみたい”という強い欲求があったのは間違いない。ジミーはピアニ
ストとして働きながら、オルガンを熱心に練習し続けたのだという。どのくらいの練習量
だったのかはわからないが、”足”では演奏を行うことのないピアニストが、ベースライ
ンを”足”で弾くオルガンに転向するのは簡単なことではなかったはずだ。ジミーの演奏
はデビュー盤から完成しているが、よほど練習量をこなしたことはたやすく想像できる。

何がジミーにそこまでさせたのか。当時のジミーは20代の前半。ニューヨークに出てきて
、”有名になってやろう”という野心に燃えていたことだろう。しかし50年代の前半、ピ
アニストが有名になれる可能性はまだ低かった。おそらくジミーは、オルガンのサウンド
に、自らの未来をかけた。自分でも気がつかぬうちに、”熱狂”していたのではないか。
その結果、”誰の物真似でもない”ジミー・スミスのサウンドと演奏が出来上がった。そ
のサウンドと演奏のグルーヴ感が、アルフレッド・ライオンをも熱狂させた(アルフレッ
ドは、1956年だけで異例とも言えるアルバム十数枚におよぶジミーのレコーディングを行
っている)。アップテンポなビバップのフレーズを、エレクトリックな大音量で、手と足
をフルに使って弾きまくるジミーの姿を見て、”このサウンドを録音して残しておきたい
”と考えてジャズ・レーベルを立ち上げたアルフレッドの心が動かされなかったはずはな
い。

冒頭にあげた《ザ・チャンプ》が僕に伝えてくるものは、アルフレッドが受けたサウンド
の衝撃そのものだ。オルガンというエレクトリック楽器の持つサウンド。歪んだギターを
使うロック・サウンドがまだ無かった時代において、そのサウンドはどのように響いたの
だろう。それを想像することが困難ではないほど、《ザ・チャンプ》のサウンドは十分に
衝撃的だ。そしてジミーの凄まじいプレイ。縦横無尽に駆け巡る手から湧き上がってくる
メロディの洪水、フットペダルの上を飛び回ってベースラインを奏でる足。どのくらい練
習すれば、この曲でのジミーのようにオルガンを演奏することができるというのか。ディ
ジー・ガレスビーの作ったこの曲にももちろんテーマ・メロディはあるが、この演奏では
テーマはどうでも良い。聴きどころは、全てジミーのオルガンだ。テーマが終わって28コ
ーラスに渡って繰り広げられる、凄まじい勢いのソロ。そしてギター・ソロが終わったあ
とに、もう一度出てくるソロ。特に終盤の2回目のソロの5コーラスめからの”ギャギャ
ギャギャ”というコードソロは、凄まじいことこのうえない。そしてエンディングの大爆
発。サウンドの洪水が次から次へと押し寄せる。その衝撃は、今日でも少しも色褪せてい
ない。その後ジミーは、ヴァーヴ・レーベルでスターの道を歩んでいくが、僕が未聴のジ
ミーのレコードを含め《ザ・チャンプ》を超えるものはないだろう。それを断言してしま
えるくらい物凄い演奏だ。未聴の方も、ぜひこれを機会に聴いてみてほしい。
『 The Champ / Jimmy Smith At The Organ Vol.2 』 ( Jimmy Smith )
cover

1.Champ, 2.Bayou, 3.Deep Purple, 4.Moonlight in Vermont
5.Ready 'N Able, 6.Turquoise, 7.Bubbis

JIMMY SMITH(org), THORNEL SCHWARTZ(elg), DONALD BAILEY(ds)

Recorded : 1956/3/21(Hackensack, NJ)
Producer : Alfred Lion
Label    : Blue Note
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