●スマイル・ツァーのブライアン・ウィルソン

漫才にボケとツッコミがあるように、音楽をやる人間にも大別して2つのタイプがあるよ
うだ。一方は内向的で創造性豊かなクリエーター・タイプ、もう一方は外向的で活発なパ
フォーマー・タイプである。成功しているいろいろなバンドを見ると、この2つのタイプ
が良いバランスで共存していることが多い。例えばザ・フー。パフォーマー・タイプのロ
ジャー・ダルトリーに対して、ピート・タウンゼントはああ見えて明らかにクリエーター
・タイプだ。ストーンズも生まれながらのパフォーマーといえるミックに対して、キース
がクリエーターとしての才能を発揮するようになってから数々の傑作を生み出したといえ
る。ビートルズを見てみると、彼らがあれだけ偉大になったのは、ジョンとポールが両方
の気質を備えていたからと考えると面白い。それでも無理やり分けるとすれば、ジョンは
クリエーターでポールはパフォーマー・タイプと言えよう。そう考えると、ソロになって
からのライヴ回数の違いも納得がいく。
他のミュージシャンにも当てはめてみると、クリエーター・タイプにはジミ・ヘンドリッ
クスやジミー・ペイジ、パフォーマーにはエリック・クラプトンやジェフ・ベックなどの
名前(たまたまギタリストばかりだが)があがる。レッド・ツェッペリンの成功は、ジミ
ー・ペイジがロバート・プラント(パフォーマー)というパートナーを得る事ができたか
らと考えられる。それに対してデビュー当時はツェッペリンと同じ指向性をもったバンド
だったジェフ・ベック・グループが短命に終わったのは、組んだ相手が同じパフォーマー
・タイプのロッド・スチュワートだったからとも言える。パフォーマー・タイプだけのバ
ンドは、ある程度までのレベルの音楽を繰り返すことしかできない。多くのバンドが出て
きては消えていくのは、本質的にパフォーマー・タイプの人が集まっているかからだとい
える。ここでいうパフォーマー・タイプは必ずしも活発な人とは限らず、静かに黙々と楽
器を演奏するような人も、本質的にはパフォーマーだ。パフォーマーだけが集まっている
バンド(多くのバンドがこれに当てはまる)は、おそらく大きな成功を手中にすることは
無いであろう。

先日「スマイル・ツァー」で久しぶりに来日した、我らがブライアン・ウィルソンはどう
だろう。ブライアンの場合は、おそらく万人一致でクリエーター・タイプと考えられるだ
ろう。ビーチ・ボーイズには、マイク・ラヴという強力なパフォーマー・タイプがいた。
この2人がよいバランスだった時期は、歴史に残る数々の名曲を生み出した。クリエータ
ー・タイプのいなくなった現在のビーチ・ボーイズ(ブルース・ジョンストンはクリエー
ター・タイプと言えるが、マイクとはレベルが違う)が、オールディーズ・バンドに成り
下がるのも無理はないといえる。なせこんなことをくどくどと書いてきたのかというと、
今回の「スマイル・ツァー」がいま一つという印象だったからだ。
特に肝心の「スマイル」セクションが響いてこなかった。もちろんブートレッグなどでし
か聴く事ができなかった1990年頃から考えると、ブライアンが「スマイル」を完成させて
日本にやってきて、しかもそれを全曲ライヴ演奏するなんて夢のまた夢のような話だ。し
かし音楽が響いてこなかったのは事実。CDの『スマイル』を聴いていたほうが良いと感
じた。音楽そのもののレベルやバンドの演奏技術が高いにも関わらず何故だろうと思い、
その原因をあれこれと考えてみた。
そこで思い当たった一番大きな要因というのが、ブライアンが本質的にクリエーター・タ
イプの人だからではないかということなのである。ブライアンにとってツァーでほぼ同じ
曲を演奏しつづけることは、エキサイティングな瞬間はあるとしても、クリエイティヴな
感情を感じることは少ないのではないか。ブライアンと一緒に演奏しているバンドのメン
バーは、明らかにみんなブライアンと共に演奏できることを心から楽しんでいる。おそら
く誇りに思っているであろう。彼等の殆どは、パフォーマー・タイプと言えるからだ。で
もクリエーター・タイプのブライアンは、本当に心からツァーでのライヴ演奏をを楽しん
でいるのだろうか。CDの『スマイル』が素晴らしかったのは、「スマイル」を再構築し
完成させるという作業に、バンド・メンバーの演奏する音楽のグルーヴに加えて、ブライ
アン本人がクリエイティヴィティを感じていたからではないかと考える。おそらくライヴ
で初演した頃にも、そのクリエティヴィティは持続していただろう。しかしツァーで同じ
曲を繰り返すうちに、いかに『スマイル』を再現するといっても、おそらくブライアンは
クリエイティヴな感情を持つことができなくなった。クリエーター・タイプの人というの
は、そういうものである。結果としてどうなったかというと、ブライアンの創った珠玉の
名曲のパフォーマンスのほうが、印象に残ることになったのである。
ファースト・セットでアコースティック・ヴァージョンで演奏された《プリーズ・レット
・ミー・ワンダー》の”どこをどうとっても名曲!”という素晴らしさ。ビーチ・ボーイ
ズ時代と同じ様にブライアン本人も頑張って歌った《ドント・ウォーリー・ベイビー》。
ライヴ映えするロック・ナンバーの《マーセラ》。ぼくにとってはこれらの曲のほうが、
圧倒的に良かった。もちろん『スマイル』も圧倒的なのだが、そもそもがブライアンの頭
の中にあったシンフォニーなのでライヴ向きとはやはり言えない。伝説の「スマイル」が
、ごく普通の最新アルバムの『スマイル』の曲としてライヴ演奏されたという次元に留ま
ってしまっていたと感じた。最後のアンコールに演奏される《サーフィンUSA》や《フ
ァン・ファン・ファン》などの盛り上げメドレーも、そのように感じさせる要因だと思っ
ている。すくなくともぼくは、『スマイル』の余韻を残して帰りたい。アンコールは、ス
マイル・セクションのラストを飾る《グッド・ヴァイブレーション》と《ラヴ・アンド・
マーシー》があれば十分だ。とはいえ《サーフス・アップ》などにはやはり圧倒されるし
、そもそも「スマイル」時代の曲が再構築され、ぼくたちの眼の前でライヴ演奏されるだ
けで神に感謝しなければならないのかもしれない。廃人同然と言われていたブライアンが
こうして元気に音楽をやっているだけで、本来は涙が出るくらい感動的なことなのに。
ぼくたちは、少し贅沢で傲慢になったのだろうか。そんなことをあれこれ思った、ブライ
アンのスマイル・ツァーだった。